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ムッシュKの日々の便り

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映画「小さな哲学者たち」

 遅ればせながら、フランス映画『小さな哲学者たち』(原題 Ce n’est qu’un début 「それは始まったばかりだ」)を観た。渋谷でユニークな上映活動を続けている「アップ・リンク」(UpLink)の上映サロンだった。3歳から5歳になる幼稚園児が、いかにして「考える力」を身につけていくかを克明に記録したドキュメンタリーである。
 2004年4月、この映画の製作者の一人シルヴィ・オバンは、哲学者ミシェル・オンフレがラジオ放送で、「すべての子どもは哲学者だ。そして、ある子どもはいつまでも哲学者のままであり続ける」と語っているのを耳にした。たしかに子どもたちには考える能力がある。その証拠に彼らが執拗に繰り出す質問は意想外で面白い。だが、そうした考える力をもち続ける方法はあるのだろうか。この問いがすべてのはじまりだった。
 オバンたちはパリの南40キロにある街、ル・メ・シュル・セーヌ(Le Mée sur Seine)の「ジャック・プレヴェール幼稚園」が園児に哲学の授業を行っていることを知った。彼らはさっそく校長のイザベル・デュフロックに会い、実際に授業を行っているパスカリーヌ・ドリアニに実態について話を聞いた。詩人ジャック・プレヴェールの名前のついた幼稚園は教育優先地区(ZEP)に指定された幼稚園で、革新的な教育法を推進する実験校の一つだった。
 パスカリーヌ・ドリアニは近くの都市ムランにある「教員養成大学校」(IUFM)で学び、12年にわたって幼稚園の教師をつとめてきた。2007年からは、3歳から5歳の子どもたちを対象に、月に数回「哲学のアトリエ」を開いてきたのである。
彼女は子どもたちを集めると、集中させるためにローソクを灯す。子どもたちはそのまわりに輪になって坐り、色々なテーマについて考え、意見を述べる。「愛ってなに?」、「自由ってどういうこと?」、「恋人と友人はどうちがうの?」・・・
 パスカリーヌは映画の冒頭でこんな質問をする。「目を閉じてみて。頭の中に何が見える?」「もやもやしたもの」、「それはなぜ?」、「réfléchirしてるからさ」(このréfléchir というフランス語を日本語にどう訳すかが難しいのだが、映画の字幕では「頭をはたらかすから」としている)。「それからどうするの?」、「口から出すのさ、・・・ことばを」、こう答える男の子は、なにかが頭から口へおりてきて、それが口から飛び出す仕草をする。
 こうして「哲学のアトリエ」がはじまり、子どもたちはさまざまなテーマを考えることになる。「恋をしたら、どうやって人を愛するの?」、「おなかのなかがくすぐったくなるんだ」、「赤くなるんだ」、「どうして赤くなるの?」「おなかの中に心があるから」。「自由ってなに?」、「自由って、・・・一人でいられること、呼吸して、優しくなれることだと思う。」「自由って・・・、監獄から出ること」、「うーんと、家具の上のホコリを掃除するときは自由じゃない」。「魂ってなんだと思う?」、「目に見えなくて、青いもの」。アフリカ系の男の子がいう。「ぼくは色が白くなりたいよ」、「なぜ?」、「だって白人の方がやさしいもの」、「ちがうは、黒人の方が強いわ」
 ル・メ・シュル・セーヌはパリと首都圏高速鉄道(RER)で結ばれている典型的な近郊の街で、人口は2万人余り。北アフリカやセネガルなどアフリカやヴェトナムといった旧フランス植民地出身の家族も多く住んでいる。アトリエでは皮膚の色の違い、貧富の差といった微妙な問題も取り上げられ、子どもたちは自分たちの家族の状況や歴史を口にすることになる。そのためにアトリエをはじめるに当っては、家族の了解を得る必要があった。幾度も話し合いがもたれ、家族は幼稚園を信頼して子どもたちを積極的に参加させることに同意した。それだけでなく、親たちは幼稚園での話し合いをうけて、帰り道や食事の時間に子どもの質問に答え、子どもたちが学んだテーマについて会話をかわすようになった。
 こうした地道な努力の結果、初めのうちは「哲学のアトリエ」がはじまると眠気に襲われていた子どもたちが、やがて自分の考えを友だちにぶつけ、子どもたち同士の議論が白熱するようになった。パスカリーヌはそれを見守り、ときに上手くリードする役に変わっていった。
 映画を見ていて気づくのは、子どもたちが“Je suis d’accord”、 “Je suis pas d’accord”、
「ぼくは賛成だ」、「わたしは賛成しないわ」とハッキリいい、その上で“parce que・・・”「なぜって・・・」と、賛成や反対と考える理由や根拠を必ずつけ加えることである。仲間の話に耳を傾け、それに対する自分の考えを理由をあげて伝える態度を「哲学のアトリエ」を通して身につけたのである。
 撮影は2年間続いた。パスカリーヌが、仲間に暴力をふるった男の子に、「なぜぶったの!」と厳しくたしなめる場面がある。男の子は「わからない」としか答えない。彼女はそれに対して、「哲学のアトリエで学んだのは、意見がちがったら話しあうことじゃなかったの?」、「そう」。男の子は納得する。
 映画の最後で子どもの一人が、「小学校へ行ったらローソクを灯した哲学の時間はなくなっちゃうの? でもこの幼稚園のことは忘れないわ」と言う。世界で初めて幼稚園児に「ものを考える」時間をもたせる試みは、他人に耳を貸し、差異を理解する姿勢をこどもたちに植えつけた。他人の意見は、自分のものと同じだけの価値があることを理解できる小さな市民を生み出すのに成功したように見える。
by monsieurk | 2011-10-16 21:04 | フランス(教育)
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