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by monsieurk
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能と呼吸

 東京・渋谷と神奈川県の中央林間をつなぐ田園都市線沿線には、幾つかの大学や大学病院があり、それぞれ活発な広報活動を繰り広げている。利用する駅の無料配布ボックスで、昭和大学が出しているマガジン「Educe Vol.5」を見つけた。そこに同大学医学部第二生理学教室の本間生夫教授に関する興味深い記事が載っていた。
 本間教授は呼吸生理学が専門で、かねてから心と呼吸の関係をテーマに研究をつづけてきた。呼吸には、酸素を取り入れて体内の二酸化炭素を調節する「代謝性呼吸」と、温度などの外的環境の変化や体内環境の変化によって変わる「行動性呼吸」の二種類がある。そして「行動性呼吸」のなかに、喜怒哀楽などの情動にかかわる呼吸があり、本間教授の教室では、情動を司る脳の扁桃体の動きと呼吸の関連を調べてきた。
 そうしたなかで、本間教授は呼吸と「能」の関係に着目したという。西欧の演劇では心の動きは、身振りや手振り、あるいは表情の変化によって表現される。それに対して、能では演者の動きは静的で、表情は能面の下に隠されている。それにもかかわらず、演者の表象する感情は、観るものに的確に伝わってくる。これは「内的表象」とでも呼べるものだが、能の演者はどのような方法で、感情の起伏を表象しているのか。
 本間教授はここに自らのテーマである、心と呼吸の相関を解く鍵があると考えて、懇意である観世流の能楽師、梅若猶彦氏に『隅田川』を演じてもらい、脳の変化と感情の表出の関係を調べたという。
 観世元雅作の謡曲『隅田川』では、舞台の幕が揚がると、そこは隅田川の岸辺で、渡し守が、「これが最後の渡しだが、今日は大念仏で沢山人が集まる」と語る。ワキツレが、「都から来た面白い狂女を見た」といい、そこに狂女が、子を失ったことを嘆きながら登場する。そして対岸の柳の根元に人が大勢集まっているのはなぜかと問う。
 渡し守は、人買いに攫われてきた子がいたが、病気になってこの地で捨てられ死んだと告げる。その子は死の間際に、「自分は、京は北白河の吉田某の一人息子だが、父母と歩いていたとき、父が先に行ってしまい、母と二人になったところを攫われた。自分はもう駄目だが、京の人もここを通るにちがいない。道の傍らに塚をつくり、柳を植えてほしい」と頼んだ。憐れんだ里人はその通りにして、一年に一度念仏を唱えることにしたのだと語る。
 d0238372_011217.jpgそれこそ探し求めていたわが子と気づいた狂女は念仏を唱える。すると一瞬、子が姿を現したかに思えたが、母の前にあるのは塚と生い茂る草だけであった、という悲しい物語である。
 本間教授は、狂女を演じる梅若猶彦に協力してもらい、舞台上の能楽師の脳の活動を調べた。その結果、「表情はまったく変化していないのに、ただ呼吸だけが激しく変化していた。悲しい場面では、呼吸が激しく乱れ、扁桃体が激しく活動していることが分かった」という。悲しみや不安など情動の変化はすべて呼吸に伴って出現する。能の先達は、呼吸を変えると身体の様相が変わることを心得ていて、それを舞台表現に利用しているという。私たちは日常、緊張をほぐすのに呼吸を整える方法をとるが、能の内面表現もこの方法に則って実現されているのであるが分かった。
 本間生夫教授は自身も能を習い、フランスの劇作家ジャン・ジロドゥの『オンディーヌ』を現代能にしたという。ちなみに「オンディーヌの呪い」とは、先天性の無呼吸症候群を指すとのこと。なぜかはお調べください。
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by monsieurk | 2012-03-01 23:50 | 芸術 | Trackback | Comments(0)