ムッシュKの日々の便り

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アーウィン・ショーのパリ

 久しぶりに、アーウィン・ショーの『パリスケッチブック(Paris! Paris!)』を読みはじめたら止まらなくなった。 ショーはいわずと知れた短篇の名手。これは彼が20数年住んだパリの思い出集である。
 ショーが長年夢見ていたパリの地を最初に踏んだのは1944年8月25日。ドイツ軍に占領されたパリが解放されたその日である。彼は第4師団第12連隊の通信隊に所属する写真班の兵士だった。この日は、カメラマン2名、運転手、それにショーの4人が一組になってジープでパリに到着した。車のなかは、パリまで来る途中の沿道で、住民からプレゼントされた切り花や、リンゴ、トマト、それにブドー酒の壜で一杯だった。街道にむらがって進軍するアメリカ兵を、歓声をあげる迎える住民たちが競って投げ込んでくれた贈り物だった。
 パリに着くと、抵抗するドイツ兵とフランス軍第二機甲師団の間で、散発的な戦闘が行われていた。ところどころで、市民が五人、六人とかたまって、建物の突き出した陰に身をひそめて戦況を見守っていた。
 ショーはカメラマンのドレルと、コメディー・フランセーズの屋上に上り、戦闘の様子を写真に撮った。
 「ドレルとぼくはリヴォリ通りへもどった。銃声はもうやんでいる。ぼくらは往来の真ん中を歩いていった。ぼくらが平気で往来のまん中を歩いて行くのをもう戦闘は片づいた証拠と見たのだろう、どの横町からも市民がぞろぞろ現われてきた。拍手が起こる。歓声が起こる。近よってきてキスをしかける者もある。男だろうと女だろうと見さかいなしだ。(中略)目の鋭い、すらりとした女性がぼくに近づいて来た。ぼくの肩に手をかけ、値ぶみでもするような目つきで見つめている。コニー・アイランドの遊園地へ行くとひとの体重をあててみせるのを芸にしている男がいるが、ちょうどあの男の目つきにそっくりだ。「まあ!」とニッコリ笑顔を見せて、「あんた、栄養がいいわね」といった。うらやむわけではないらしい。手を出してさわって見たら見かけ通りしっかりしているので満足したらしい。」(中西秀男訳)
 これがアーウィン・ショーのパリとの出会いだった。パリにすっかり魅せられた彼は一度帰国したあと、1951年この街に戻り、20数年を過ごしたのである。
 ショーの数多い短篇の中でもお気に入りが、『フランス風に(In the French Style』である。2カ月間、取材でエジプトに行っていたベテラン・ジャーナリストのベドーズは、パリに戻るとすぐに女友だちのクリスチナを電話で呼び出す。待ち合わせ場所はいつものシャンゼリゼのカフェ。喜んでやって来ると思っていた彼女は、どこかよそよそしく、会話も弾まない。留守の間に他の男と婚約していたのだ。
 「二カ月は長すぎたかな、パリでは」と訊くベドーズに、「いいえ長すぎないわ。パリだって、よその街だって」とクリスチナは答える。この一言で、彼は二人の仲が完全に終わったことを悟る。
 「ベドーズは身をかがめて彼女にキスした。はじめは片方の頬に、それからもう一方の頬に。「さよなら」、そういいながら自分は微笑を浮かべていると思った。
 「フランス風だ」(中略)
 シャンゼリゼを凱旋門の方にただ歩いて行った。独りでいるのは厭な夜だった。どこかにもぐりこんで電話をかけて、誰かに夕食をつきあってもらおうと思った。
 電話のある店の前を二、三軒通り過ぎながら、店の前に来ると迷ってしまって、中にははいらなかった。なぜならその夜、この街で彼が会いたいと思う相手は一人もいなかったのだ。」
 二人が会ったのはFouquet’s(「フーケッツ」)だったのだろう。そうだとするとベドーズは凱旋門に向かって左側の歩道を歩いて行ったことになる。歩道に面して何軒もカフェがあり、電話をかけるには店に入って、小銭をjeton(ジュトン)と呼ぶコインのような丸い金属に変えてもらい、大抵は地下にある電話に入れてダイヤルをまわす。1970年代までのパリでは、街で電話をかけるには、みなそうしたものである。
 フーケッツを出て2ブロックほどいった道を左に入ると、バー「Calvados(カルバドス)」
があるが、宵のうちはまだ店を開けていなかったかもしれない。ここはエリッヒ・マリア・レマルクの小説『凱旋門』にも出てくる店で、ノルマンデー産のリンゴのブランディー、「カルバドス」を飲ませてくれ、よく通ったものだった。でも待ち合わせる相手がいなければ、店に入る気はしないかもしれない。
 In the French Styleは、ペーパー・バックのほかに、英宝社の英米文学名作ライブラリー『娘ごころ・フランス風に』(英語日本語の対訳)や、常盤新平訳『夏服を着た女たち』(講談社文庫)で読むことができる。
 ショーの小説を持ち出したのは、パリでの暮らしと取材の思い出を中心に、『パリとその思い出』を書く気になったからである。ショーほど洒落たものにはなりそうにないが、これから取りかかることにする。
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by monsieurk | 2012-11-03 08:00 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)
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