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ムッシュKの日々の便り

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マラルメと印象派Ⅳ「印象派の画家たち」(2)

 精神的な死を招きかねなかった「トゥルノンの危機」のおよそ一年後、マラルメは友人ルフェビュールに宛てた手紙(1867年5月17日付け)で、当時を振り返っている。
 精神を極度に消耗させたこの体験のあいだ、最初は思想や観念をいたずらに空転させるばかりだったが、その後は無理に頭で考えることをやめて、楽器をあつかうのと同じように、ある観念がその奇妙な過程にしたがって、神経組織のなかで発展するにまかせておいた。その結果、「身体全体で考えなければならないと、私は思っている。そうすれば、空洞の木の箱とただちに共鳴するあのヴァイオリンのあの絃のように、豊かで、共鳴する思考をあたえてくれる」と悟ったというのである。
 マラルメはこうした確信を、論理的思索のつみ重ねによって獲得したのではなく、感覚を持続することで得たのだった。もう一人の友人であるカザリスに宛てては、「私の〈思想〉は自分自身を思考し、そして、一つの〈純粋観念〉に到達した。この長きにわたった死の苦しみのあいだに、私の存在がこうむった一切は、到底語りつくせるものではない。だが幸いにも、私は完全に死んだ。・・・いまや私は非個人〔アンペルソネル〕であり、したがった君が識っているステファヌではない、――そうではなくて、かつて私であったものを通して、自己を見、自己を展開させて行く、〈精神の宇宙〉が所有する一能力であると、君に知らせることでもある。」(アンリ・カザリス宛て、1867年5月14日付けの手紙)と書いている。
 自己崩壊の危機を冒して行われた一年におよぶ思索の末に、マラルメが行き着いたのは、詩をつくるのは詩人ではなく、個体を通して顕在化する普遍的ななにものかだという認識だった。だから詩の創作は理性の問題ではなく、感覚の問題であり、脳髄ではなく肉体が重要なのである。
 マネがよくアトリエでよくしたという雑談に仮託して披露された先に引用した数行の背後には、以上のように要約できるマラルメ自身の体験があった。「この状態こそが・・・最終目的なのだ。ここに到達し、自己隔離状態を確立するまでには、巨匠は多くの段階をふまなくてはならない」とマラルメが語るとき、彼の脳裏には精神的死をかけて敢行された日々がよみがえっていたにちがいない。
 ではマネの場合には、どんな過程を経てそうした状態にいたったのか。マネ論の続きを読んでみることにしよう。
 「画家がその見解がもっとも端的に表明されるのは、画題の選択においてである。・・・先に述べたように、まずボードレールに歓迎されたマネは、時代の影響をうけ、それを描いたが、ここでは彼の初期の作品の一つ《オランピア》を取り上げてみよう。この作品は青白い高級娼婦を描いたもので、伝統にのっとらず、因習にとらわれない裸体を初めて公衆〔publique〕に示したものである。まだ紙につつまれたままの花束、陰気な猫(明らかに『悪の華』の著者の散文詩の一つから暗示された光景である)。周囲のアクセサリーはどれも真実味を帯びていて、背徳的な――この言葉の一般的な意味で、ということは馬鹿げた意味で――ところはない。ただ疑いもなく、傾向としては知的にはひねくれたところがある。現代の作品のなかでも、この革新的な絵以上に少数の人びとから熱烈な拍手をうけた作品はなく、また多くの人びとに激しく糾弾されたものはない。」
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 「文学の世界でも同様なことはあり、なにか新しいイメージが私たちに提示されると、それが突如共感を呼びおこす。私がマネの作品で好きなのはこれである。長いあいだ隠されていて、突如明かされたために、私たちみなを驚かすなにものかだ。魅惑的であると同時によそよそしく、エキセントリックでしかも斬新ななにか。彼があたえてくれるのはこうした類のものだが、これこそまさしく私たちをとりまく人生に必要なものなのだ。」
 詩の究極の目標が、この世界の本質を解明することだとしても、その出発点は、女の金髪や、落日や、嵐に逆巻く波などに求めざるをえない。それと同様に、一枚の繪を制作するには先ず主題を選び取らなくてはならない。そして、この主題を選ぶ行為こそが、「画家が見解をもっとも端的に表明する」と、マラルメは云うのである。しかしこの選択の規準となるのは、芸術家の個人的感情であり、彼固有の嗜好ではないだろうか。だから私たちは署名を見なくても、一篇の詩がマラルメのものであり、絵がマネのものだと直ちに了解するのではないのか。おそらくここに芸術論の鍵の一つがあるはずだが、マラルメはこの「印象派論」ではこれ以上深く論じられることなく、マラルメは先へ論を進める。(続)
by monsieurk | 2013-01-04 22:30 | マラルメ
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