ムッシュKの日々の便り

monsieurk.exblog.jp ブログトップ

ロバート・キャパ(1)

 このところ、報道写真家ロバート・キャパが話題である。
 横浜美術館では、2013年3月24日まで、《ロバート・キャパ+ゲルダ・タロー「二人の写真家」》展が開かれていて、展覧会の案内にはこうある。「1934年、パリで出会い意気投合した二人は、1936年に「ロバート・キャパ」という架空の名を使って報道写真の撮影と売り込みをはじめた。仕事が軌道に乗りはじめてほどなく、フリードマン〔キャパの本名〕自身が「キャパ」に取って代わり、タローも写真家として自立していくが、その矢先の1937年、タローはスペイン内戦の取材中に命を落とす。・・・」
 展覧会では、キャパの写真194点と、ICP(国際写真センター)が所有するゲルダ・タローの写真85点が展示されている。
 そして「文藝春秋」創刊90周年記念号には、ノンフィクション作家沢木耕太郎氏の「キャパの十字架」が掲載され、これをもとにしたドキュメンタリー「NHKスペシャル・沢木耕太郎推理ドキュメント運命の一枚」が2月3日に放送された。
 沢木氏の推理は、スペイン内戦で撮影され、報道写真家「キャパ」の名前を一躍有名にした「崩れ落ちる兵士」をめぐるもので、この一枚と前後して撮られた当時の写真(最近公表された)を分析して、新説を展開したものである。
d0238372_0281190.jpg

 沢木氏の推理を検討する前に、以前に書いた『アンリ・カルティエ=ブレッソン伝』(青土社、2007年)から、キャパに関係する部分を再掲することにする。

 キャパは本名をアンドレ・エルネー・フリードマンという1913年10月23日にハンガリー(当時はオーストリア=ハンガリーに二重帝国)のブダペストで生まれた。ユダヤ人の両親は洋服屋を営んでいた。ドイツ系のギムナジウムを終えたあと、1931年にはドイツ政治高等専門学校へ入学したが、在学中に共産党活動を行った嫌疑で逮捕された。釈放後はドイツに逃れ、ベルリンの写真通信社「デフォト」の暗室係りとなった。しかしナチスの進出とともにユダヤ人排斥が激しくなると、ベルリンを脱出してふたたび故郷にもどり、ヴェレッシュという旅行社のカメラマンの職をえた。さらにこの翌年には通信社の臨時雇いになることができた。
 彼の名前が注目されたのは、コペンハーゲンで演説するレオン・トロツキーを撮影することに成功したことである。そして1933年にはパリに移り、この年モンマルトルでシム(デヴィッド・シミン)と出会い、さらに彼の仲介で、アンリ・カルティエ=ブレッソンとも知り合い、彼らの友情は生涯つづくことになった。
 フリードマンは1936年ころから、ロバート・キャパの名前で写真を発表するようになった。スペイン内戦がはじまると、キャパは一緒に住んでいたゲルダ・タローとともにスペイン行きの途をさぐっていた。
 1936年8月、フランスの写真週刊誌「ヴュ(Vue)」のリュシアン・ヴォジェルが、ジャーナリストの一団をバルセロナまで飛行機で運び、そこから彼らを「ヴュ」の内戦特別号のための取材に向かわせるという計画をたて、キャパにも誘いがきた。彼はゲルダとともにこの飛行機でバルセロナに行き、すっかり変わった街の様子や、銃をもつ民兵たちの姿を撮影した。彼らはライカとローライフレックスの二台のカメラをもっていたが、ライカはおもにキャパが使い、ゲルダはローライフレックスで撮影した。彼らがバルセロナや戦線から送ってくる写真は「ヴュ」の紙面を飾り、スペインの現実を読者に強く印象づけた。
d0238372_0281971.jpg なかでも「ヴュ」の第445号(1936年9月23日発行)に、2頁にわたり、「スペインにおける市民戦争」のタイトルのもとに掲載された7枚の写真は、強いインパクトをはなっていた。左頁の5枚は、「彼らはいかに逃れたか」と題されたもので、それぞれが子どもを抱いて逃げる親や裸足の子どもたちの姿をとらえている。写真につけられたキャプションには、「聖書から写されたような場面、苦悩に満ちた面差しの避難する人びとの姿は旧約聖書の出エジプト記を思わせる」、「これはある地方の人びと全員が移住する姿である。彼らは重い足どりで歩んでいく・・・」とあった。
 そして右の頁は「彼らはいかに倒れたか」と題して、有名な「崩れ落ちる兵士」の写真2枚が載っていた。キャプションには、「強靭な膝裏〔ひかがみ〕、風を胸にうけ、銃を握り、彼らは切り株の覆われた斜面を下りていた・・・突然、その躍動が打ち砕かれた。弾が風をきって飛んできたのだ ―― 流れ弾が ―― そして彼らの血は祖国の土に飲み干された」と書かれ、「写真キャパ」とクレジットがあった。
 スペイン市民戦争のなかでもっとも迫力のある写真といわれるこの作品を、キャパはコルドバの戦線で撮影したとされる。添えられているキャプションからして、同一人物が撃たれた瞬間と、その直後に崩れ落ちるように見える2枚の写真は、添えられたキャプションが「彼ら」と述べているように、二人の別々の兵士を撮ったものと考えられる。だがはたして、このような偶然が二度も同じ戦線で、同じカメラマンの前で起こるものだろうか。
 しかも場所が同じであることは、斜面をおおう切り株や、雲のようす、遠くの背景からも容易に推察できる。ここからキャパのヤラセ説がささやかれることになるのである。(続)
[PR]
by monsieurk | 2013-02-17 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://monsieurk.exblog.jp/tb/17833536
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30