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by monsieurk
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ロバート・キャパ(4)

 沢木耕太郎氏は、リチャード・ウィーランの評伝『ロバート・キャパ』(『キャパ その青春』、『キャパ その死』)と、決定版写真集『フォトグラフス』を翻訳した経験をもつ。この仕事をするうちに、「崩れ落ちる兵士」の成り立ちに疑問をもつようになり、調査をはじめたのだという。
 沢木氏はまずこれまで発表された数々の文献を博捜して、それぞれの主張の真偽を検討する。その結果、ススペレギ教授の調査研究を重要と判断して、彼をスペイン・バスクの港町オンダビリアの自宅を訪れて、直接話を聞くことにした。教授はパイス・バスコ大学のオーディオ・コミュニケーション学部で映像論を専門とする研究者だった。
 ススペレギ教授が調査のすえに出した結論を、沢木氏は次の五つに要約している。

①「崩れ落ちる兵士」の写真が撮られた場所はセロ・ムリアーノではなくエスペホである。
②たとえ「崩れ落ちる兵士」の写真が戦闘中のものであったとしても、エスペホで戦闘が始まったのは九月二十三日〔二十二日?〕である以上、撮られたのは九月五日ではない。
③そこがセロ・ムリアーノでなく、撮られたのが九月五日でないのだから「崩れ落ちる兵士」はフェデリコ・ボレルではない。
④この「崩れ落ちる兵士」の写真はライカではなくローライフレックスで撮られている。
⑤「崩れ落ちる兵士」の写真は、三脚を使い、兵士にポーズを取らせて撮っている。

 以上は、「文藝春秋」に掲載後に単行本として刊行された『キャパの十字架』(文芸春秋、2013年2月)の85頁に記されている。その上で、沢木氏は次のように述べている。
 《ススペレギ教授の見解の中で、①から③までは私も問題なく同意できる。教授が撮影した写真にあるエスペホから見える山の稜線はキャパの写真に写っている山の稜線とまったく同じだったからだ。(中略)しかし、④と⑤についてはまだ詰めていかなくてはならない部分がいくつもあるように思えた。まず、④のローライフレックス説である。
 ススペレギ教授が、「崩れ落ちる兵士」を撮ったカメラを、通説に反してライカではなくローライフレックスだというのはなぜか。
 尋ねると、ススペレギ教授はこう答えた。
 「この写真はネガが消えてしまっているので、オリジナルに近いと思われるプリントや印刷物から判断しなくてはなりません。私が注目したのは、最初に世に出た〈ヴュ〉の写真と〈ライフ〉に載った写真との画面の縦横比の違いです」
 そう言って、二枚の写真を指し示した。》(沢木、86頁―87頁)
d0238372_11534210.jpg 教授が示した二枚の写真とは、雑誌「ヴュ」の1936年9月23日号と「ライフ」の1937年7月12日号に掲載された「崩れ落ちる兵士」の写真である。この二枚の写真は縦と横の比率が異なる。教授は「ライフ」の写真の縦横の比が2・3対3であり、これは比率が2対3のライカで撮影されたフィルムからはプリントできないことから、縦横比が1対1、つまり正方形のローライフラックスで撮られたと主張するのである。1936年の夏、キャパとゲルダがライカとローライフレックスを使っていたことは既知の事実である。
 沢木氏はススペレギ教授の説を検証するために、自らエスペホに足を運んで、キャパたちが立ったであろう丘から周囲の景色を確認する。さらにキャパたちが使ったと推測される当時のライカⅢA(先に紹介したゲルダ・タローが構えているカメラ)で写真を撮り、そのサイズを「ライフ」の写真や「ヴュ」の写真と比較してみて、ススペレギ教授の説を支持する。
 ところで、2012年にフランスで刊行されたベルナール・ルブラン、ミシェル・ルフェーブル著『ロバート・キャパ』(太田佐絵子訳、原書房、2013年)には、この写真に関して次のような記述がある。
 《この写真のネガは失われたが、二枚の古いプリントが存在する。その一枚はスペインの首相だったフアン・ネグリンが所有していた、プリントをおさめたスーツケースの中にあったもので、サラマンカ国立公文書館に所蔵されている。24×36ミリのネガから焼き付けられたオーソドックスなサイズで、裏書はなく、何の情報も得られない。2枚目はニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵のもので、より興味深い写真である。四隅を画鋲でとめてあったに違いないクリーム色の厚紙に貼りつけられている。(中略)フレーミングについては、左端の銃床や兵士のエスパドリーユ〔縄底のズック靴〕の下部がわずかに切れている――右足の靴裏が見える。写真上部の空は、とくに両端が下部より暗い。厚紙には黒鉛筆で「ロバート・キャパ撮影(オリジナル・ネガからプリント)」と書かれている。ほかにもところどころ消された書きこみがあるが、判読できない。保管番号は1261959である。》(同書、101頁)
d0238372_11534947.jpg しかしこの本にも写真が掲載されているが、「崩れ落ちる兵士」にはもう一点、1938年にニューヨークで刊行された『生み出される死(Death in the Making)』の表紙を飾った別のヴァージョンがあり、これは兵士を中心にくるようにトリミングされているのだが、注目されるのは、「MoMA」の写真や、「ヴュ」、「ライフ」では途中で切れている、倒れ込む兵士がもつ銃床がほとんど完全な形で写っていることである。これは失われたこの写真のネガは、縦横が別の比率だった可能性を示すものである。
 沢木氏もこの写真の存在を知った上で、《〈ライフ〉に載ったものやMoMAに所蔵されている写真は、フィルムからそのままプリントされたものではなく、少なくとも横の部分のどくかがトリミングされたものであったのだ。
 だとすると、「崩れ落ちる兵士」がローライフレックスで撮られたということを、〈ヴュ〉と〈ライフ〉における画面の縦横比から証明するのは不可能ということになってしまう。ローライフレックス説を証明するためには、もう少し確固とした、いわば「物証」に近いものが必要なのではないか・・・》(沢木、259頁)と書いている。
 はたしてそうした物証は見つかるのか。(続)
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by monsieurk | 2013-02-23 20:45 | 芸術 | Trackback | Comments(0)