フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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パリ古本屋の思い出Ⅰ

 京都の画家林哲夫氏には、パリの古本屋を描いた「パリの古本屋」と題する水彩画の二つのシリーズがある。いずれも絵葉書にもなっていて人気が高い。この度第二シリーズのなかの一点、《L'Odeur du Book, rue Ramey》の原画をd0238372_9485976.jpg
分けていただいた。写真がそれで、林さんからの手紙には、「ユトリロが描いたコタン小路(サクレクールの東側)のすぐ近くにある古本屋です。まだ30代らしい夫婦がやっていました。まじめな品揃えでした。はじめて行ったときには外壁はボロボロだったのですが、昨年この絵のようにきれいに塗り替えられていました」と書かれていた。パリの下町の空気が絵のなかに漂うような作品である。「Bookの匂い」と英語まじりの店名にも若い店主の思いがうかがえる。
 林さんの手紙にある通り、コタン小路(passage Cottin)はパリ18区にあるサクレ・クール寺院の東側後方の石段を降りたところから続く短い道で、その先はラメ通り(rue Ramey)にぶつかる。ラメ通りはオルドゥネ通りとクリニャンクール通りを結ぶ比較的広い通りで、古書店はそこにある。手元の地図にはかつて訪ねた古書店の所在を点で印をつけてあるが、この通りには点がなく訪ねたことはない。
 パリの古書店については、かつて『世界の古書店』(丸善ライブラリー、1994年)に書いたことがあるが、重複するのを厭わず書いてみたい。
 パリ6区のゼーヌ通りは画廊が多いことで知られるが、この通りを北から南へ、サンジェルマン大通りを横切って少し行った右手に、ベルナール・ロリエの店がある。いまもパリに行った折は必ず立ち寄るところである。店の間口は3間ほどで、中央が入口のガラス扉、その左右は飾り窓になっている。この小さな空間を使って、ミニ展示会をやるのがロリエの趣味である。
 1993年の秋、店に足を踏み入れる前に窓越しに覗いてみると、ボードレールの『悪の華』初版本が2冊並べて展示されていた。そしてそれを見下ろすように、写真家のナダールが撮った、あの大きな目を見開いたボードレールの肖像写真が柱に飾られていた。
 扉を押して中に入るとベルナールがいて、はにかんだような、いつもの微笑で迎えてくれた。かつて仕事でパリに駐在していたときは毎週のように訪ねていたが、東京に帰任した後は年に2、3度会うだけだった。だが久し振りの再会でも久闊を叙すわけではなく、昨日別れたばかりのように、最近の収穫について話しはじめるのが常だった。この日は当然飾り窓の『悪の華』の初版本が話題の中心だった。ちょうどこのとき、パリ市歴史図書館では「ボードレール、パリ」と題する展覧会が開かれていて、自筆原稿など貴重な資料が展示され、研究者はもとより一般の人たちの関心を呼んでいた。ベルナール・ロリエはこれに合せて、手持ちのボードレール関連の本の一部を並べたということだった。
 フランス近代詩の礎となった『悪の華』の初版が刊行されたのは、1857年6月25日のことである。だがこの初版本は、その後8月に行われた裁判により、6篇の詩が良俗を損なう猥雑なものと断定され、当局に押収されてしまった。こうして『悪の華』の初版本は、滅多に手にすることができない稀覯本となってしまったのである。そうしたいわくつきの本が2冊並んだ様は壮観だった。
 じつはベルナールに『悪の華』初版本を見せられたのはこれが初めてではなく、以前にアンドレ・ショヴォ博士旧蔵本を譲ってもらったことがあった。これは当局の押収を免れた禁断詩篇6篇を含む完全本で、その上、詩人が作家某に1100フランの借金を申し込んだ自筆の手紙を、装幀の際一緒に挟み込んだ珍しいものである。ベルナールはもちろんこれを覚えていて、「お前のものと交換してやってもいいよ」と言ったが、当方はありがたく辞退した。(続)
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by monsieurk | 2014-01-23 22:30 | フランス(文化) | Trackback | Comments(0)