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マチネ・ポエティクと三好達治の批判Ⅱ

 中村真一郎は雑誌「近代文学」1947年9月号に、「詩の革命――「マチネ・ポエチック」の定型詩について」を発表した。d0238372_99557.jpgそのなかで彼は、日本の叙情詩はこれまで3度の革命を経験したとして、近江朝廷時代の短歌形式の誕生、戦国時代に連歌から俳句が生まれたとき、さらに明治維新直後の新体詩の誕生をあげる。その上で、自分たちの押韻定型詩の試みが4回目の詩の革命になると宣言する。
 「現代の絶望的に安易な日本語の無政府状態を、矯め鍛へて、新しい詩人の宇宙の表現手段とするためには、厳密な定型詩の確立より以外に道はない。(それが如何に困難であらうと)『歌経標式』以来、千年にわたる我々の詩人たちの夢であった、韻の問題も、此処で始めて実現過程に入るであらう。中世以来、専ら西欧詩人達のみの形成に役立って来た此の「双生児の微笑」を、我国の抒情詩の第4回の革命のための武器として、我々は再び東洋の手に奪還する。」
 『マチネ・ポエティク詩集』にも、ほぼ同趣旨の「序」が付されていている。署名は「同人」とあるが、明らかに中村真一郎が書いたものである。では、彼らが「詩句を永遠の決定的配置にうつした」という詩は、どのようなものか。
 中村真一郎の「真昼の乙女たち」を引用してみよう。

  遠い心の洞のなか
  扉のひらく時を待ち
  乱れて眠る赤はだか
  緑の髪の娘たち

  
  白い泉の畔りには
  しじまを染めて立昇る
  炎 記憶の燃える岩
  仄かに明日は透きとほる

  
  《廻れ日時計、洩れよ砂!》
  真昼を響く天の声
  《夢は梢に、夜は散るな!》
  揺らめく水面 影はどこへ?

  
  遠い寝息に聞き耽る
  鳥の翼に風の立ち
  明るく窓を押し開ける
  赤い巻毛の乙女たち

  
 第1節から第4節まで、頭韻は、「と、と、み、み、 し、し、ほ、ほ、 ま、ま、ゆ、ゆ、 と、と、あ、あ」とAABBという形式を踏み、脚韻は、「か、ち、か、ち、 は、る、は、る、 な、え、な、え る、ち、る、ち」とABABとなっている。一定の音数と押韻を踏まえ、技巧をこらしたつくりだが、一読して詩から受けるのは、藤村などの新体詩に通じる甘美だが古めかしい印象である。
 詩集が刊行された直後、三好達治は、d0238372_9105754.jpg「マチネ・ポエテイクの試作に就いて」(「世界文學」、1948年4月号)で、次のように批判した。
 「奥歯にもののはさまつた辞令は、性分ではないから、最初にごめんを蒙つて、失礼なことをいはしてもらはう。まづ、同人諸君の作品は、例外なく、甚だ、つまらないということ。諸君が危惧してゐられるやうに、決してそう難解ではないが、私にはいつかうつまらなかつたといふこと。詩に於ける難解といふことはその詩の魅力と並立してこそ、はじめて成立ちうる性質の難解であつて、魅力を欠いた孤立した難解といふやうなものは、昼まのお化けで、ありつこない。」
 三好はこう一刀両断にした上で、日本語で押韻定型詩を書くことが難しい理由を3つあげる。第1は日本語の声韻的性質である。日本語は「常に均等の1子音1母音の組合わせで、フィルムの1コマ1コマのやうに正しく寸法がきまつて、それが無限に単調に連続する」ために、押韻は「読者の注意を喚起しない」。つまり脚韻の効果自体が乏しいのである。
 第2に、「命題の末尾(原則として脚韻の位置)を占める動詞の数は、中国語や欧羅波〔ヨーロッパ〕語の場合当然その位置を占めるべき名詞の数に比して、比較にもならぬ位その語彙は少数」であるため、窮屈な貧しさを露呈してしまう。主語・述語・目的語の語順をとるヨーロッパの言語では、文末には名詞がくることがほとんどで、名詞の数が圧倒的に多く音も多様である。一方、主語・目的語・述語となる日本語では文末に動詞がくるが、それは名詞に比して数が少ないうえに、子音プラス母音でなりたつために、脚韻は、a、i、u、e、o、などごく限られたものとなる。三好が指摘するのはこうした事実である。
 三好はその上で、マチネ・ポエティクの人たちの実作には、「文章語脈ないし翻訳口調の、入り乱れて混在する」といい、そのため「いかにも不熟で、ぎこちなく、支離滅裂で、不自然」な印象を免れないと批判した。これは長年日本語を用いた詩作に苦心してきた三好自身の苦悩の表明でもあった。
 それは「文章語脈の形式性」が、十分に「きり崩されて」おらず、だからといって、「現在の口語脈」は未成熟であり、加えて「翻訳語脈」が日常語に不用意に侵入している日本語の現状への危惧であった。こうした不備を意識してきた抒情詩人には、マチネ・ポエティクの試みは、いかにも安直なものにみえた。そこには必然性がなく、詩的感動も認められなかった。
 三好達治の批判を受けた「マチネ・ポエティク」は、その後グループを解散した。福永武彦は三好達治への追悼文で、「戦後、私が友人たちと定型詩を試み「マチネ・ポエチック詩集」を出した時に、三好さんは鋭い批評を下された。好意的悪評といったものだったが、三好さんの位置が、その発言に権威あらしめたために、この批評は決定的に私たちを敗北させた」(「天上の花」、文藝、1964年6月号)と回顧している。
 ただ、三好が提起した日本語の特徴は、一グループを解散に追い込んだだけでなく、そもそも日本語で詩を書くことの根本的困難を詩人たちに突きつけるものだった。中村真一郎は雑誌「詩学」の1950年4月号に載せた「マチネ・ポエチックその後」で、こう書いた。
 「戦後に書かれた、幾多の人の作品を手にして見る時、筆者はそこに、現代日本語の持つ複雑な難関の中に殆ど大部分の偉れた作品が、陥没して、詩的完成が妨げられてゐるを発見する。勿論、言語の混乱は、殆ど、世界的現象である。(中略)T・S・エリオットのやうな人は、ジェームス・ジョイスが小説で行ったのと同じやうに、凡ゆる時代の凡ゆる国語を、現代の自分の生活する環境の中で捉へられるかぎり集めて、そこから強い現実的感情を表現する素材を発見したやうに思はれる。又、一方、それと対極にあると思はれるヴァレリイのやうな人は、最も永持ちする確かな言葉だけで、可能な限り純粋な作品を結晶させた。しかし、エリオットもヴァレリイも、いずれの場合も、根底に、完成した美しい自国語を持つてゐる。その土台の上で、此の両極端が成立し得た。
 それに反して、我々の現代日本語(口語)は、成立以来、僅かに百年、しかも、その百年間は、国民全体の上に、歴史にとつて全くと云へる程の非連続な異質の文明が押しかかり、暴力的と思へるまでに、急速で無理な発展が行われてゐた時期である。国語は新事態に適応するために、次々と新陳代謝を繰り返し、愈々不様なものとなりつつある。美しい格調と品位のある現代語は、これを、宮廷にも舞台にも街頭にも、家庭にも工場にも、農園にもどこにも、発見することは出来ない。(中略)日本語は、文学語としてのみでなく、日常語としても殆ど耐え難い程、悲惨なことになつた。
 冷酷な評者が、現状に於いては賢人ならば、詩を書かぬだらうと断定するのも、当然である。」
 中村真一郎はこう述べた上で、それでも「美学的信念として、定型こそ、詩の不可欠の必要条件であると信じてゐる。そして、定型への模索は、実作によつて、一歩一歩進められるべきであることも疑はない。」と書いている。
 同号には、グループ解散後もただ一人、押韻定型詩を探求し続けた原條あき子の、「やがて麗しい五月が訪れ・・・」が載っている。

  
   やがて 麗しい五月が訪れ
   白い泡に燃えるリラの花花
   香にむせぶくちなしは窓の外れ
   夕 沈む陽の赫さ おだやかな
   やがて 麗しい五月が訪れ

  
   あなたはその雄雄しい頭をあげ
   疲れた腕のかたち 靄にうるみ
   胡桃の椅子の彫に浮くおもかげ
   わたしを抱く胸は果てしない海
   あなたはその雄々しい頭をあげ

  
   流れるゆるやかなメロディに酔ひ
   想ひみる船出 波の色増して
   わたしたちが憧れるはるかな世界
   傾ける玻璃の盃を透かして
   流れるゆるやかなメロディに酔ひ

  
   わたしたちの後に 愛の灯り
   頬よせ並ぶ優しい心の輪
   ひそかに囁かれる昔語り
   あどけない天使もまざる団欒は
   わたしたちの後に 愛の灯り

  
   ながい一日の終わり 言葉なく
   匂ふ着物の襞飾りかかげて
   神秘の夜を待ちながら またたく
   睫毛の翳 さながら望み濡れて
   ながい一日の終わり 言葉なく

  
   やがて 麗しい五月訪れ
   わたちたちをかこむととのひの時
   かなしみはたそがれる茂みに隠れ
   すべては融けるくちづけに この時
   風のためらひ甘い夕訪れ

  
 この後も、日本語で詩を書くことに意識的な人たちの苦闘は続いた。中村稔の『無言歌』(1950年)や、谷川俊太郎の『六十二のソネット』(1953年)などがその成果の一つであり、飯島耕一なち「中庭」のグループの押韻定型の実験(1991年以降)も、新たな定型詩をめざす果敢なこころみであった。
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by monsieurk | 2014-06-17 22:30 | | Trackback | Comments(0)
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