ムッシュKの日々の便り

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ラジオ・ドラマ「不安の夜」Ⅴ


M(短い悲痛な音楽が続き、そこに会話がかぶり、やがてFO)

特務曹長 君の荷物はどこへ送ればいいんだ? 宛先は申告してあるか?
 宛先はわたしが聞いている。
特務曹長 コーヒーを一杯どうだい?
パラノフスキー はい、いただきます。
特務曹長 もう一度、手錠をはずしてやれ。
野戦警察隊員 それは規則に反します。
特務曹長 馬鹿な真似はしやしないよ、はずしてやれ。

SE(手錠をはずす音)

特務曹長 パンを一切れどうだい?
パラノフスキー いいえ、結構です。
特務曹長 じゃあ、煙草は?

(N) みなが急に親切になった。最後の施しで、わたしたちはみな、罪を清算しようとしている。生きていることの罪を。

SE(自動車が来て、止まる音)

野戦警察隊員 出発!
パラノフスキー 牧師さん、わたしと一緒にいてくださるのですか?
 ああ、ずっと君のそばにいるよ。
特務曹長 従軍牧師殿は、軍法会議判事殿と一緒の乗用車で行かれますか?
 いや、わたしはパラノフスキーのそばについていましょう。
特務曹長 結構です。前の貨物自動車に4人分の座席があります。

SE(自動車が走り出す音、しばらくガタガタいう音)

野戦警察隊員 つまらないことになったなあ、君は。
別の隊員 さあ、元気を出せ! 俺たちはみな、どうせ一度は死ななきゃならないんだ。

SE(車の走る音、続く)

(N) 車はしばらくの間、わたしが昨日来たのと同じ道を走った。誰にも出会わなかった。車はやがて左に折れ、そこから先は道らしい道はなく、車はあえいだ。すると突然前方に、灰色の鉄かぶとをかぶった兵士たちが並んでいるのが目に入った。左側に一個中隊が配置され、中央には小隊が立っていた。右側には数人の将校がいて、前方には木の杭が立っていた。

SE(車が停まる音)

(N) パラノフスキーは、ゆっくりした足取りで杭の方へ歩いて行った。彼がそこに立つと、目隠しをされた。

軍法会議判事 フョードル・パラノフスキー、ウクライナ方面国防軍司令官閣下により、次のごとく決定された旨、君に通告しなければならない。パラノフスキーの減刑請願は却下された。君は銃殺される。
カルトゥシュケ中佐(大声で) 国防軍牧師が発言される。

(N) 明らかに、故意のいやがらせだった。百人以上もの目が自分に向けられているのを感じた。しかし、わたしの念頭にはただ一人の人間のことしかなかった。わたしはパラノフスキーの方へ歩いて行き、彼のかたわらに立つと、彼にだけ聞こえるように、小声で言った。

 さあ、もうこのことだけを考えていなさい。御身の御手にわが魂をゆだねる。御身はわれを救いたまいぬ。主よ、まことなる神よ。
パラノフスキー 牧師さん、もう一度握手してください。

(N) わたしは引き返した・・・

SE(一斉射撃の銃声)

軍医大尉 カルトゥシュケ中佐殿、死亡時刻は5時57分であります。

(N) 振り向くと、パラノフスキーはうつ伏せに倒れていた。・・・白木のままの棺桶が運ばれてきた。2人の兵士が死者の長靴を脱がせた。国防軍には革が必要というわけだ。それからパラノフスキーの遺体を持ち上げて、棺に入れた。広い血糊が砂の上に残った。

SE(棺に釘を打ちつける音)

(N) 釘、金槌、すべてが計算しつくされていた。ドイツの軍隊はじつに至れり尽くせりにできている。銃殺されるところまで至れり尽くせりに。
 軍法会議判事がわたしの方へ歩いてきた。

軍法会議判事 わたしの車で街まで送りましょうか?

(N)わたしは最初断ろうとした。だが彼は運転手を去らせて、自分で運転台に座ったのに気づいた。しばらくの間、わたしと二人っきりになりたいと思ったのだろう。

SE(車の走り出す音、走行音)

軍法会議判事 申し分なくやってのけられましたな・・・おお、寒い・・・
 わたしたちはいま気分がよくないのですよ。実際また、気分がよくてはならないのです。
軍法会議判事 へえ、どうしてです?
 正義のためです。
軍法会議判事(大声で) えい、くそおもしろくもない!・・・ありがたいことに、宿舎へ帰れば結構上等なウォトカが残っているんですよ。とっておきの瓶でしてね。ちびちび飲むためのものです。特別の場合だけに。銃殺酒と、わたしの従卒は言っています。ひとつご馳走しましょう、牧師さん。
 折角ですが、参れません。
軍法会議判事 どうして駄目ないんです? 道徳的な懸念ですか?・・・軍隊にきてどれくらいになりますか?
 3年です。
軍法会議判事 3年経って、まだ駄目になっていない? あなたは天国へ行かれますよ。見上げたものだ。
 それは、わたしがウォトカを飲まないから、という意味ですか? 普段なら喜んで一杯やります。ただ、今はそんな気持になれないのです。何もかもがあべこべだったから。
軍法会議判事 あべこべとは、どういうことですか? わたしが戦争を望んだわけじゃない。しかし、毒くわば皿までというわけです。ヒトラーがいつも言っているように、二者択一しかない。自動車か棺桶か、それならば自動車の方がましですからね。
 どうか、その先で降ろしてください。1時間ほど歩いてから帰りたいのです。
軍法会議判事 いい思いつきだ。歩いていらっしゃい。神と共にね。あらためて、感心したと申し上げましょう。あなたは、自分の職務をわきまえていらっしゃる。

SE(車の停まる音)

 ごきげんよう、軍法会議判事殿。

SE(車がスタートして遠ざかる音)
         (続)
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by monsieurk | 2014-07-12 22:29 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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