人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ムッシュKの日々の便り

monsieurk.exblog.jp ブログトップ

ワイツゼッカーの遺言

 リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー氏が1月31日に亡くなった。ワイツゼッカー氏は西ドイツ時代の1984年に大統領になり、それから10年間、大統領の地位にあった。その間、第2次大戦の敗戦から40周年目にあたる1985年5月8日に、連邦議会で行った演説で、「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」と語って、ドイツ国民にナチス・ドイツが過去に冒した過ちを直視するように訴えたことはよく知られている。ワイツゼッカーの遺言_d0238372_9461639.jpg 
 今年は終戦から70年目にあたるが、ワイツゼッカー氏の訴えは、彼の遺言として、現在の世界を考える上で大変重要である。
「荒野の40年」と呼ばれるこの演説は、世界中の言葉に翻訳され、日本でも永井清彦氏の翻訳で岩波ブックレットなどで読むことができる。ワイツゼッカー氏はこの中で、「罪の有無、老若いずれを問わず、私たち全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのです。問題は過去を克服することではありません。そんなことが出来るわけはありません。後になって過去を変えたり、起らなかったことにするわけには行きません。しかし過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」と語っている。
 戦争中、ナチス・ドイツは600万ともいわれるユダヤ人を殺した過去がある、そうした忌まわしい過去に対して、戦争中の犯罪に直接関わらなかった若い世代も、過去の歴史をしっかりと学ぶことで、自分たちが生きている現在、さらに将来の方向も見すえることが出来るという考えである。
 イギリスの歴史学者E・H・カーも、『歴史とは何か』で、「歴史とは現在と過去との絶えざる対話だ」と、同じような考えを述べている。
「イスラム国」が現在行なっているテロ行為はおぞましい限りで、決して認めることはできない。同時に、私たちがいま現実に起っていることを正確に理解するには、「イスラム国」がなぜ生まれてきたのかを歴史的に見ることが必要である。
 中東は第1次大戦中の1916年5月、イギリス、フランス、ロシアの間で秘密に結ばれた「サイクス・ピコ条約」によって、戦後にオスマントルコ帝国が崩壊すると、不自然な国境で分断された。この事実も、「イスラク国」の武装闘争の動機の1つである。
 2001年の同時多発デロを受けて、アメリカのブッシュ政権は2003年にイラク戦争を行い、フセイン政権を倒した。その結果、この地域には権力の真空状態が生まれ、イスラム過激派の台頭を招いた。中東問題の専門家によれば、「イスラム国」の中枢には、かつてフセイン政権にいた人たちが多いといわれる。当時アメリカにも、現在の事態を懸念する人たちもいたが、同時テロの恐怖と復讐心に支配されていたブッシュ政権には、こういた声は届かなかったのである。
 テロの再生産を防ぐのは簡単ではない。しかしその第一歩は、現実を正確に理解することである。目の前で起っている事実を歴史的な文脈の中で理解すること、そこから「寛容の精神」が生まれ、「憎しみの連鎖」を断ち切ること、それを期待したい。
以前のブログ「Je suis Charlie」(2015.1.11)でも触れたが、大学時代の恩師、渡辺一夫先生は、あるエッセーで、「寛容は不寛容に対する時、常に無力であり、敗れ去るものであるが、それはあたかもジャングルのなかで人間が猛獣に喰われるのと同じことかもしれない。ただ違うところは、猛獣に対して人間は説得の道が皆無であるのに反し、不寛容な人々に対しては、説得のチャンスが皆無ではないということである。そこに若干の光明もある」と述べていす。テロに屈しない強い姿勢とともに、寛容の精神を決して失わないこと、それがいま求められているのだ。
 ワイツゼッカー氏も、先の演説の最後で、「若い人たちにお願いしたい。他の人たちに対する敵意や憎悪を駆り立てられることがないようにしてほしい。互いに敵対するのではなく、互いに手を取り合って生きていくことを学んでいただきたい」と訴えている。理不尽な蛮行に出会うと、私たちは感情的な行動に出がちだが、それを立ちどまらせるのは理性の力以外にない。二人が訴えているのは、「知ること」の大切さであり、理性的に行動する勇気なのだ。
by monsieurk | 2015-02-14 22:30 | 時事
line

フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31