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堀口九萬一と大學Ⅲ

 九萬一は1909年(明治42年)にメキシコに赴任し、ここでスチナとの間に、次男の瑞典(よしのり)が生れました。そして2年後の1911年10月、本国にいる長男の大學がメキシコにやって来ました。大學は数え歳で20歳になっていました。
 九萬一が日本を留守にしていた間に、大學は文学好きの青年に育っていていました。そのきっかけは、明治42年(1909)に、育ての親の祖母千代が亡くなり、遺骨を長岡へ納骨するために、汽車を待つ間に上野駅前の本屋でたまたま手にした「スバル」を購入したことでした。そこには吉井勇の「夏の思ひ出」が載っており、これを通して明星派の短歌の魅力を知って、すぐに新詩社に入門したのでした。
 大學はそこで新詩社の同門である佐藤春夫を知り、生涯にわたる親交を結びました。そして、鉄幹、晶子夫妻の勧めもあって、短歌のほかに詩作もはじめました。
 この年の7月、大學は佐藤春夫と一緒に第一高等学校を受験しますが、二人とも失敗。大學にとってはこれが2度目の挑戦でした。この結果、やむなく鉄幹が友人の永井荷風に推薦してくれた慶応大学文学部予科に、二人は補欠入学することができました。
 大學の1年目の成績は、歴史が良、フランス語は不可、あとは可で、かろうじて進級がみとめられ、翌年4月には予科の2年に進学します。しかし授業には身が入らず、その分だけ文学への傾倒が深まり、「スバル」の他に、文学科主任の永井荷風が明治43年5月に創刊した「三田文学」にも詩歌作品を発表するようになります。
 こうした大學の行状はメキシコにも伝えられ、息子を外交官にするつもりだった九萬一は、大學をメキシコに呼び寄せることにしたのです。
 息子を外交官の道に進ませたい九萬一は、フランス語を勉強したのち義母の国ベルギーへ留学させるという約束で、大學をメキシコに呼び寄せました。
 海外で生活する機会は滅多にない当時としては、これは願ってもないチャンスでした。新詩社での活動を始めたところでしたが、詩稿ができれば海外から送ればよいわけですし、心を許した春夫との別離はつらかったのですが、それも、まだ見たことのない海外の魅力の前には堪えられるものでした。
 ただ困ったのは、父、九萬一の家庭では、日常会話がすべてフランス語であったことです。母違いの妹の岩子や小さな瑞典(よしのり)は日本語も分かったが、義母のスチナはまったく日本語を話しませんでしたから、どうしてもフランス語を習得する必要がありました。それにメキシコの上流階級の人たちはほとんどがフランス語ができ、とくに外交官の家庭の者にとってフランス語は必須でした。
 そこで九萬一は息子にフランス語の特訓をほどこすことにしました。公使館には毎朝フランス語教師がやってきて、ベルリッツの初級読本を教科書に、みっちり2時間授業をしてくれました。その先にフランスの詩人たちの詩があると思えば、それも苦痛ではなかったのです。しばらくすると義母のスチナも、会話を中心に大學にフランス語を教え、父も時間を見つけては、フランスの詩人や散文作家をテクストに講じてくれました。
 大學によれば、「教養課程(語学)を継母が受け持ち、専門課程(仏文学)を父が受け持った」のです。
 堀口一家は任地へ行く間は、日本に戻って待機するという生活を繰り返しましたが、ブラジルの次のルーマニアに赴任するまでの4カ月ほどを、いつものように東京大森の望翠楼ホテルを宿にしました。九萬一は、毎日のように外務省に通い、大學は訳詩にはげみ、文学仲間との交友も復活しました。
 そうしたなかで、彼にとって後に大きな意味をもつことになる出会いがありました。文玄社の詩歌部門の責任者だった長谷川巳之吉と接点をもったことです。そして大學は、この頃、書き溜めてきたフランス詩の訳稿をまとめ、「月下の一群」というタイトルをつけて新潮社に託しました。
 堀口一家が日本に滞在中の、1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が起ります。幸い大森の望翠楼ホテルは被災をまぬがれ、堀口一家は前の晩から大學を訪ねてホテルに宿泊していた佐藤春夫ともども無事でした。望翠楼は高台の固い地盤の上に建っており、それが幸いしたのです。
 堀口一家は12月初旬に熱田丸で横浜を発ち、パリ経由で任地のルーマニアへ向かいました。日本とヨーロッパ間の船旅は1カ月余りかかり、時間をもてあました大學は、最近買い込んだフランスの新進作家ポール・モーランの小説『夜ひらく』を翻訳することにしました。
熱田丸がスエズ運河を通り、地中海に出て、マルセイユに到着したのは1月中旬です。堀口一家はここで 下船すると、マルセイユに一泊したあと汽車でパリに向かいました。パリ到着は1924年1月末のことでした。(続)
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by monsieurk | 2015-03-20 22:30 | | Trackback | Comments(0)
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