ムッシュKの日々の便り

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ミストラル

 画家ヴァン・ゴッホのアルル時代については、2012年6月27日付けのブログ「海のサント・マリー」で触れたことがある。
 最近またアルル時代のゴッホの手紙を再読していて、面白い個所に気づいた。それは1888年6月末に書かれたと推定される、画家で作家のエミール・ベルナールに宛てて書かれた手紙の次のような一節である。ゴッホはパリで一時通っていたフェルナン・コルモンの画塾で、ロートレックやベルナールと知りあった。ベルナールは年下の仲間であった。d0238372_18404322.jpg
 「もしきみが私のキャンバスを見たら、それについて何というだろうか? きみはそこにセザンヌのおずおずしたと言ってもいい、丹念な筆使いを見出したくはないだろう。ところで私はいま、ラ・クロとカマルグの同じ風景――場所はわずかに異なるが――を描いているところだ。色彩の点では何らかの関係があると思うが、それについては知る由もない。私は時々セザンヌのことを考えざるを得ない。彼は幾つかの作品の筆使いが不器用なのは――不器用という言葉をゆるしてくれたまえ――多分ミストラルの吹き荒れるなかで描いたためだろう。これまで私の描いてきた時間の半分は風のなかの仕事だったが、同じ困難にぶつかって、なぜセザンヌのタッチがあるときは確かで、あるときはぎこちなく見えるのか、その理由が説明できる。彼の画架が揺れたのだ。時々、私は猛烈な早さで仕事をする。それは私の短所だとしても、ほかに方法はない。・・・やり直せといわれても、それはできない。それでは止めるべきか。どうして。ミストラルのなかで仕事をするために外出するのだ。私たちが求めるものは、落ち着いたタッチよりも強靭な思想だ。戸外の写生の現場に立って、果断な仕事に迫られるとき、いつも整って落ち着いたタッチで描けるだろうか。まあ、フェンシングで攻撃にうって出るようなものだ。」(エミール・ベルナール宛、第9信、1888年6月末)
 文中のミストラルとは、アルプス山脈からローヌ川渓やデュランス川流域を吹いて速度を増し、カマルグ周辺やプロヴァンス地方を吹き抜けて、地中海に達する激しい北風をさす。主に冬から春だが、一年中いつでも風が吹くことがあり、とくにローヌ川周辺では時速90キロに達することもある。
 ゴッホが南フランスの街アルルにやってきたのは、1888年2月21日のことだった。太陽を求めてきたはずのアルルは、この日、雪が降っていた。これも冷たい北風ミストラルがもたらす寒さのせいであった。
 アルル駅を降りたゴッホは、市街を囲む外壁のすぐそばに旅籠を見つけて旅装を解いた。冷たく激しいミストラルはなかなか止まなかったが、数日後には強い風のなかを、近くの果樹園を描くために戸外に出た。アルルでは春先には、五日に三日はミストラルが吹いた。絵を描くために来たゴッホは、ミストラルが吹くのを待つわけにはいかなかった。
 風のなかで描くにはどうしたらよいか。ゴッホは一計を案じた。画架の足を地面に深くさしこみ、さらに脇の方には50センチの長さの鉄の杭を差しこんで、それに画架を縄で縛りつける。こうして吹く募るミストラルのなかで、揺れるキャンバスに絵を描いた。この体験が、ベルナール宛の手紙に書かれ、セザンヌをめぐる感想を思いついたのである。
 はたしてゴッホの推察が正しいかどうかは、カマルグなどでセザンヌが描いた作品と、その他の作品のタッチを比較検討する必要があるが、一度はやってみたいこころみである。あるいは誰かがすでに実行しているだろうか。

                      *

 以前、朝日新聞が伝えたクロード・モネの《印象 日の出》についての記事も面白かった。記事は、アメリカ・テキサス州立大学の天文学者、ドナルド・オルソン教授たちが、モネが描いた光景は、1872年11月13日午前7時35分ごろの可能性が高いという調査結果を発表したという内容だった。d0238372_18415584.jpg
 《印象 日の出》は「印象派」という言葉を生み出すきっかけとなったことで知られる作品である。オルソン教授たちは、この作品が描かれた北フランスのルアーヴルの地図や写真、当時の気象状況を調べ、モネがこれを描いた港に近いホテルをまず特定した。そして、モネは南東方向に向いたホテルの部屋の窓からこれを描いたこと、港との関係から、太陽は日の出から20分ないし30分の後の位置にあると推定した。そして描かれている船の様子から潮位も調べて複数の候補日を割り出した上で、当時の気象記録から、雨の日、海が荒れていたと考えられる日を除外。風向きなどの条件が一致したのが、1872年11月13日と、1873年1月25日だったという。
 《印象 日の出》のキャンバスには、モネが「72」と記しており、そこから1872年11月13日午前7時35分という日時が割り出された――新聞記事はこう伝えている。
この作品は、アトリエを飛び出して戸外で絵を描くようになった「印象派」(ゴッホたち後期印象派の画家を含めて)の代表作であり、モネが見ていた風景が、オルソン教授たちの推定のように具体的に特定できるなら、戸外の光りを画布に定着しようとした印象派の画家たちが実行した美学を、あらためて強く裏づけることになる。
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by monsieurk | 2015-03-29 22:30 | 美術 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from dezire_photo.. at 2015-04-01 18:33
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