ムッシュKの日々の便り

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「瀬山の話」の位置Ⅱ

 梶井が『瀬山の話』の草稿に着手するのは、大正12年から13年にかけての冬である。冬の訪れとともに、肺尖カタルを病む梶井は決って身体の調子を崩した。微熱がとれず、それが梶井を憂鬱にした。『瀬山の話』の構想は、そうした気分のなかから生れたものである。
 旧制高校の学生とおぼしき主人公の「私」は、荒んだ生活のせいで極度の優鬱にとりつかれている。ある雪の降る日、「私」はこれまで実行しようとして果せなかった計画を決行しようと思いたつ。それは計画と呼ぶほど大仰なものではなく、岡崎にある下宿から、通称黒谷といわれる名刹光明寺の境内を抜け、真如堂をへて鹿ケ谷の疎水に沿って東山山麓の若王子まで歩いてみるというものである。
 酒と放蕩の結果、学校を欠席がちの主人公は、いつも苛立つ心をいだいて、新京極や祇園といった繁華街を彷徨っている。喧騒にたち交じることで、内心の優鬱をかろうじて紛らせているのだ。そんな日々を繰り返している「私」にとって、東山山麓をめぐる散策は、厳しい内省を強いる行動である。疎水に沿って、銀閣寺から若王子をへて南禅寺にいたる道筋は、「哲学の道」などと呼ばれるように、歩む者の視線をおのずと自分の内部に向けざるをえなくする独特の雰囲気をもっている。d0238372_8102023.jpg「私」がこの散策を幾度も胸に思い浮かべつつ、実現できないのは、この厳しい内省に堪えられる精神状態ではないからである。しかし、これがもし実現できれば、生活を立て直す対症療法になるかも知れない。こうして、東山山麓をめぐる散策は、主人公のなかで一つの固定観念〔オブセッション〕になっていたのだった。
 そして、ある雪の降る日、主人公は計画を実行する。目覚めてみると、いつになく心が軽くなっていることに気づいた「私」は、雪のなかを、日頃思い描いている道筋に沿って散歩に出る。だが、「今日こそは」と意気込んだ気持は、たちまち沈みこみ、いつもの憂鬱が戻ってくる。やがて次第に激しくなる雪のなかで、過去の苦い記憶が次々と蘇ってくる。
 『瀬山の話』の草稿は、こうして主人公の心に浮かんでくる回想を追って展開するのだが、第一の回想は、詩篇『秘めやかな楽しみ』にうたわれた例のレモンをめぐる挿話。第二が、夜更けに、下宿の前で「瀬山」という自分の名前を連呼して、下宿の主人を起して逃走する話。そして第三が、下宿から逃走した足で、神戸・西宮の別荘に滞在している先輩を訪ねるが、心を許した先輩は、別荘生活を切り上げて居らず、先輩との語らいに慰めを期待した「私」は茫然自失するという話である。
 三つの挿話は、第一から第二、第三へと次第に暗く、切迫した調子が盛り上がるように構成され、主人公が陥っている精神状態が鮮やかに描きだされる。この三つの挿話は、いずれも実生活の上で実際に起った出来事を核にしており、梶井はそれぞれの挿話、とりわけレモン体験の意味を繰り返し考えてきたのだった。
 『瀬山の話』の草稿は日記帳に残されたもので、完成した作品と考えるわけにはいかない。だがこれは後の『瀬山の話』の前段階であり、やがて名作『檸檬』のライト・モチーフとなるレモン体験が、ここで初めて散文の形で書かれたことが重要なのである。
 では一体、この『瀬山の話』の草稿は、いつ書かれたのだろうか。(続)
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by monsieurk | 2015-05-01 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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