フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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詩集『若葉のうた』

 晩年の金子光晴からのプレゼントには、もう一つの詩集『若葉のうた』がある。これは最初1967年(昭和42年)6月18日に、新宿の紀伊国屋書店で開かれたサイン即売会で頒布された。その後増補され、1974年(昭和49年)1月に勁草書房から増補版『若葉のうた』(写真)として刊行された。
 金子光晴の孫娘、すなわち森乾の長女若葉は、1964年(昭和39)6月に生まれた。このとき金子は70歳だった。

 森の若葉d0238372_7163940.jpg

なつめにしまっておきたいほど
いたいけな孫むすめがうまれた

新緑のころにうまれてきたので
「わかば」という 名をつけた

へたにさわったらこわれそうだ
神も 悪魔も手がつけようない

小さなあくびと 小さなくさめ
それに小さなしゃっくりもする

君が 年ごろといわれる頃には
も少しいい日本だったらいいが

なにしろいまの日本といったら
あんぽんたんとくるまばかりだ

しょうしちりきで泣きわめいて
それから 小さなおならもする

森の若葉よ 小さなまごむすめ
生れたからはのびずばなるまい

 これが「序詩」で、このあとに「孫娘・十二カ月」、「若葉の詩」、「はるばる未来からやってきたもの」、「愛情によせて」、「若葉と夏芽」、「跋」、「詩集のあとがき」と続き、全部で32篇の詩が収められている。このこうち「はるばる未来からやってきたもの」は250行をこす長詩である。夏芽ちゃんは若葉ちゃんに次いで生まれた妹である。

 春

 小さな手が、春をつかむ。つかんだ春をす
ぐ口にもっていって、なめる。
 春は、どんな味がする? 若葉よ。

 ママに抱かれてはいる大好きなお湯(ぶ)のよう
に、
 春はとろとろとあたたかくて、それに沈丁
の花の匂いがたかい。

 下の歯ぐきからのぞいた二枚の白い歯が、
若葉のはじめての春に
 そってさわってみる。そっと。

 それからまた、小さな手は、石鹸(しゃぼん)のように
浮いている雲を、
 光を、海を、大きな未来を、しっかりとつ
かむ。おもちゃの金魚といっしょに、

 若葉がはなしたら、ばらばらになるかもし
れない
 家じゅうのみんなのこころの糸を。

 金子光晴は「詩集あとがき」で、こんなことを述べている。
 「子はなんといっても母親についたもの。父親はともかく、祖父母となると、いまはやりの捨扶持の会社顧問といふほどのものだ。発言権もないし、実際にまかせられても、ゆく末までの責任がもてない。いくたびもおもふやうに、孫へのいとしさは、別離のいそがしさのために先手を獲られて、思慮をはづれた溺愛となる。他人ごととしては、片腹痛くてみすごしてきたことが、じぶんの身のこととなると、平静のつもりで、かいくれ目安のつかない始末になりがちである。煎じつめると、世渡りが下手といふだけで、なんの取り柄もない一老人の僕が、田をつくらずに人真似の詩など、なんのたそくにもならぬと知りつつ、今日猶、あきらめず書きつづけてゐるひりあひから、考えてもみなかった初孫をさづかり、そのよろこびと、断ちがたいきづなのできた不安とを、痴愚をさらけて詩らしいかたちにまとめあげ、同好のたがのゆるんだ爺々婆々連に、日向ぼっこをしながら披露する目的で、一冊に編んだ。むづかしい詩の世界、年若い人には、縁のない本だ。」
 
 おばあちゃん

 『若葉』のおばあちゃんは
もう二十年近くもねてゐる。
辷り台のやうな傾斜のベッドに
首にギブスをして上むいたまま。

 はじめはふしぎさうだったが
いまでは、おばあちゃんときくと、
すぐねんねとこたへる『若葉』。

 なんいもできないおばあちゃんを
どうやら赤ん坊と思ってゐるらしく
サブレや飴玉を口にさしこみにゆく。

 むかしは、蝶々のやうに翩々(へんぺん)と
香水の匂ふそらをとびまはった
おばあちゃんの追憶は涯(はて)しなく、ひろがる。

 そして、おばあちゃんは考へる。
おもひのこりのない花の人生を
『若葉』の手をとって教へてやりたいと。

 ダンディズムのおばあちゃんは
若い日につけた宝石や毛皮を
みんな、『若葉』にのこしたいと。

 金子光晴は1975年(昭和50年)6月30日、気管支喘息による急性心不全で亡くなった。そして1949年(昭和24年)の発病以来ながくリュウマチを患っていた森三千代は、2年後6月29日に76歳で永眠した。奇しくも1日違いだった。
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by monsieurk | 2015-11-20 22:30 | | Trackback | Comments(0)