フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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男と女――金子と森の場合(ⅩⅢ)

 その後も、三千代は土方との逢瀬をやめなかった。草野心平が、夏休みで帰省した知人の部屋に恋人連れで泊まっており、そこへ二人で押しかけ、帰郷して空いている別の学生の部屋にもぐりこんだ。草野の恋人は新橋の雛妓で、旦那になるはずの人をふり捨てて、立派な鏡台一つを持って心平のもとへやってきたのである。
 あくる日、三千代が起きて顔を洗っていると、下宿のおかみが後ろに立って、「昨夜、警察の人が来て、駆け落ち者がこの家に泊まっている」と言ったと告げた。明らかに早く出ていけという暗示であった。
 この日、土方が草野に剃刀を貸してほしいと言うと、恋人の雛妓が鏡台の抽斗から立派な西洋剃刀を出してくれた。土方は三千代を後ろ向きにして膝の上に腰かけさせて断髪の襟足を剃り、そのあとに白粉をはたいた。自分が剃らなければ金子が剃るにちがいないと、そんなことをしたのである。彼は金子が三千代に触れるのを極端にいやがった。
 こうした状況では、その下宿に留まることはできず、彼らは街をさまよわなくてはならなかった。一日中歩きまわって午後遅く渋谷に出たとき、多摩川へ行ってみようということになった。d0238372_17241650.jpg京王電車を多摩川で降り、松林のなかに一軒だけある旅館で鮎の天ぷらを食べて、そのままそこに泊まった。翌朝目覚めると、廊下を掃除している女中と目が合った。女中は驚いてバタバタと逃げて行った。三千代は宿代が気になったが、なにもかもさらけ出した捨て鉢な気持だった。
 遅い朝食をすませたあと土方が帳場に交渉に行き、着ていたレインコートをカタにおいて、後日支払うことで話をつけた。この日、鰻屋の二階へ帰ってみると、金子と子どもがしょんぼりと坐っていた。
 「私の顔を見るなり金子は、「大分、評判が大きくなって来たぞ。君達が歩いているのとすれちがったという男が言っていたよ。君が媚びるような上目づかいで彼の御機嫌をうかがいながら歩いているのがあわれでみていられなかったって」
と言った。それを聞くと、私は、おもわずかっとなって、「そんなこと言ったのは誰。誰だか言ってごらんなさい」
 と、いきまいた。口惜し涙が、ぼろぼろこぼれた。それでいて、心の底でぐらぐらとなった。内心びくびくしながら、金子のあきらめたような表面の平静さにもたれかかっての一切の仕打だったのに、世間の噂や與論がよってたかって、その地盤さえゆるがせにかかっていると知ると、絶望と狼狽で私は、どうしていいかわからなくなった。同時にへたへたと、からだじゅうの力が抜けてゆくたよりなさを覚えた。」(「青春の放浪」)
 では金子の方は、どうして妻の不行跡を黙認していたのか。『どくろ杯』ではこう述べている。
「その歳、昭和三年(1928年)という時代を念頭に置いて、彼女たちの恋愛事件が及ぼす周囲の意見について考えてみてほしい。むろん、とるにも足らない私一身の周囲は、狭く限られてはいるが、それでも、この時代の縮図のように、相反する意見や、雑多な解釈が混駁し、それが皆、明治、大正の時代々々の諸観念から根をひいたものであった。前年からの大恐慌による社会不安が引きつがれ、人心が爆発的な言動に魅せられる傾向さえあらわれていた。この事件を法律に持ち込まないことを歯がゆがり、すすめにのらない私の優柔不断をあざわらう人たちが、文筆のしごとにたずさわる人のあいだにもあった。起訴すれば、男、女ともに数年の体刑を申しわたされ、起訴者はそれによって世間への体面をつくることができたが、言うまでもなくそれで夫婦が元に戻る例は少なかった。恋人たちの側では、旧時代に属する私が、そんな手段に出るものと決めこんで、恋情を一層ぬきさしならなくしただろうことも想像できる。その敵視は、私にとって手痛くもあり、情けなくもあった。私は、青春時代の最初の自己形成期に、大正の自由思想をふんだんに呼吸して、明治人からすれば骨抜きになった人間である代りに、善を善とし、悪を悪と決めることのできない懐疑思想をその身につけて、それはそれなりに良心だとおもいこんでいる人間の一人のつもりであった。(中略)合法的なことを毛嫌いして、むしろ、準縄にしたがわない精神をいさぎよしとする文人気質のようなものがのこっていた。従って、負けおしみや、虚栄心や、気まぐれや、癖や、道理で片づけられないものをたくさん大切にかかえこんで生きていた。しかし人の推量の裏をいったり、天の邪鬼に出たりすることには、むかしから快感をもっていた。彼女の恋愛についても、素直な嫉妬心などは恥かしいことのように、じぶんのうちに閉じこめて、起訴などは論外で、そのことで私がうかれてでもいるように、はしゃじ廻って、まだしらぬ人にまでふれてあるいた。(中略)事実、この恋愛事件では、五割方彼女の格があがった。他人が大切にしてくれることで、たしかに女の価値はあがる。いったいにねうちというものは、それだけのものらしい。ねぶみする人が信用ある人間ならば、猶更のことだ。また、彼女が、あいての男をほめあげることで、残念ながらあいてが輝くばかりの存在とおもわれ、それといっしょに彼女のこころもからだも、私の手のとどかないところにあがってゆくようにおもわれるのであった。」(『どくろ杯』)(続)
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by monsieurk | 2016-01-14 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)