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アルベール・カミュ「アルジェの夏」Ⅱ

 アルジェでは、人びとは「海水浴をする(prendre un bain)」とは言わずに、「水遊びする(se taper un bain)」と言う。でもそれはどうでもいい。人びとは港で泳ぎ、ブイの上で休む。きれいな娘がすでに乗っているブイのそばを通るときは、仲間に、「おいカモメだぜ」と叫ぶ。これこそ健康な喜びだ。こうした喜びが、若者たちの理想なのだと信じる必要がある。なぜなら、彼らの多くはこうした生活を冬の間も続けるのだし、毎日、昼になると、裸になって太陽に当たりながら、質素な昼食をとるのだから。それは彼らがナチュリストたち、あの肉のプロテスタントたち(そこには、精神のそれと同様のいまいましい肉体の教条主義があるのだが)の、退屈なお説教を読んだからでは決してない。そうではなく、彼らが「太陽の子」だからだ。私たちの時代には、こうした習慣の重要性を人々は、それほど高く評価しないだろう。二千年この方、はじめて肉体が浜辺で裸にされた。人びとは二十世紀にわたって、肉体を隠し、衣服を複雑にすることで、ギリシャの天衣無縫ぶりと素朴さを、慎ましやかなものに変えた。そしていま、こうした歴史をこえて、地中海の浜辺で繰り広げられる若者たちの競争は、デロスのアスリートたちの素晴らしい動作と一つになる。そして、いくつかの肉体のかたわらで、このように肉体でもって生きることにより、肉体がニュアンスを帯び、生命を、さらにナンセンスを恐れずに言えば、肉体にはそれ固有の心理があることを悟るのだ。(1) 肉体の進化には、精神のそれと同様、歴史もあれば回帰もあり、進歩や欠陥もある。それは色のニュアンスの違いだけだ。夏、港で泳ぎにいくと、肌という肌が、白から黄金色にまで、さらには褐色に、そして遂には肉体の変貌可能の限界であるタバコ色へと、同時に移り行くことに気づかされる。港は、カスバの白い立方体の戯れに支配されている。水面に立てば、アラブの街のどぎつい白い地を背景に、さまざまな肉体が赤銅色の壁を展開する。そして、八月になって、太陽が大きくなるにつれて、家々の白は一層目をくらますほどに輝き、肌は前よりも一層濃い色になる。だから、太陽と季節にしたがって、石と肉との対話に、どうして同化せずにおられよう? 午前中は、水に潜ったり、水しぶきのなかで大笑いしたり、赤や黒の貨物船のまわりで、櫂をゆっくり漕いだりして過ぎていく。(ノルウェーから来た貨物船は木の匂いがするし、ドイツから着いたものは油の臭いで一杯だった。沿岸巡航船にはブドー酒の古い樽の匂いがしみこんでいる。)太陽が、空のあらゆる隅からこぼれ落ちる時刻、渇色の肉体をいくつも積んだオレンジ色のカヌーが、私たちをまた狂気じみた競争に連れもどす。そして、果物の色の翼が二重についた櫂がたてるリズミカルな水音を突然中断させて、ドックの静かな水の上をずっと滑っていくとき、私はいま滑らかな水を通過して、わが兄弟である褐色の神々を運んでいるのだと、どうして確信ぜずにおられよう?

 (1)ジッドが肉体を称揚する仕方が気に入らないと言ったら、物笑いの種になるだろうか? 彼は欲望を抑えることを肉体に要求し、かえって一層肉欲を研ぎすませてしまう。さすれば彼は、娼家の隠語で、〈compliqués〉(面倒な人たち)とか、〈cérébraux〉(頭でっかち)と呼ばれる人たちに近いのだろう。キリスト教も欲望を抑えることを望んでいる。だがもっと自然であって、そこにはある種の苦行が見てとれる。私の友人のヴァンサンは樽屋で、ジュニアの平泳ぎのチャンピオンだが、彼は物事をもっと明快に見ている。彼は喉が渇けば飲むし、女が欲しくなれば寝る女を探す。そしてもし万一その女が好きになれば、結婚するだろう。(もっともまだそれには至っていないが)。彼はいつもこう言っている、「これで万事うまくいくさ」。――この言い方は、欲望の充足についてなし得る弁明を、うまく要約している。
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by monsieurk | 2016-02-01 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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