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男と女、金子と森の場合(第2部)Ⅰ

 金子光晴と森三千代の上海滞在は1928年(昭和3年)11月末から、翌29年5月に香港へ向かうまで半年余り続いたが、そのあいだ二人は上海の日本人租界の中心だった北四川路123番地の石丸りか方の二階を借りて住んでいた。ここは有名な内山書店の筋向いある里弄とよばれる集合住宅の一角で、二年半前に上海に来たとき、書店主の内山完造の世話で転がり込んだ宿屋だった。家主の石丸りかは長崎の出身で、スウェーデン人と結婚したが、夫に先立たれてこの「日の丸旅館」を経営していた。金子は彼女に「唐辛子婆さん」という綽名をつけた。二人が到着としたときの所持金は5円60銭で、持物は豚革の大きなトランクと、ファイバー製のスーツケースに入れた夏冬の衣類だけだった。d0238372_2053028.jpg
 到着直後、三千代がマラリアに罹り高熱を出したが、内山夫人の美喜子が差し入れてくれたキニーネを飲むとすぐに回復した。そして金子が来たことを聞いた旧知の田漢が、上海郊外の斜橋徐家匯路の映画スタジオを宴会場にして歓迎会を開いてくれ、文人や映画関係者が4、50人出席してくれた。
 問題は生活費をどうやって稼ぐかであった。宿は泊まるだけで賄いなどはなく、三千代がままごとのように見よう見真似で飯を炊いた。
 所持金は10日も経たずになくなり、仕方なく『艶本銀座雀』という春本を書き上げて、借りてきた謄写版で刷って売ることにした。色彩で描いた表紙もつけ、180冊ほどを仕上げて、家主のところで花札を引いている連中のなかから、彼女が選んだ男(これには「鼻のぽん助」と綽名をつけた)に、1冊1メキシコ銀貨1ドルの卸値で売らせることにした。鼻のぽん助は、上海にいる羽振りのいい日本人にひそかに売っているようだった。金子と三千代は銀貨を手にすると、広東料理の「新雅」で豪勢な夕食をし、唐辛子婆さんに連れられてドッグレースへ出かけるなどして、金はたちまちなくなった。
 ある日、繻子の中国服を着こんだ画家の秋田義一がひょっこり訪ねてきた。秋田とはかつて詩誌「楽園」の同人だった仲で、気心の知れた相手だった。前日に日本から着いたということだった。誘われるままに三千代と連れ立って蘇州川を渡り、五馬路の中国旅館へ行った。秋田はそこに泊まっていて、部屋には画架が置かれ、描きかけの薔薇の絵がのっており、画架にはバラの絵葉書がピンでとめられていた。急いで絵を仕上げて売らなければ宿賃も払えないということだった。金子と秋田は絵を持って、買ってくれそうな人物を次々に訪ねたが、買い手はおいそれと見つからない。鐘ケ淵紡績の支配人からは5ドル札を3枚恵まれただけで体よくあしらわれた。
 金子の『どくろ杯』には、切羽詰まった秋田が「どくろ杯」を持ち出す挿話が書かれている。秋田は、蒙古で手に入れた処女の頭蓋骨を酒器にしたものを金子と三千代に見せる。中国でどくろ杯は昔からあったものである。秋田はこれを高く売って一儲けしようとして、日本人経営の宝山玻璃廠というガラス工場に勤めるガラス吹き職人が、これに異常な興味を示す。しかし金のない職人は買うことができず、墓からどくろを持ち帰って自分でどくろ杯をつくろうとする。やがて彼は、そのどくろ杯が発する燐火に悩まされ、神経衰弱になってしまうという挿話である。
 金子はこの話がよほど気に入たらしく、著書のタイトルにしたほどだった。挿話では、どくろ杯を見せられた金子は、手に取っていろいろと想像をめぐらすが、三千代は彼の腕をつついて、はやく箱にしまってほしいと言ったことになっている。金子は、「じぶんの頭の皮を剥がされる痛さに実感があるかららしかった」と、彼女が被害者になる自分を想像して怖れているように書かれている。だが事実は、森三千代の方が、『どくろ杯』より先に発表した小説「髑髏杯」で、この出来事を紹介しているのである。
 森三千代は戦後、上海での体験に根ざした一連の小説を発表した。それらは「春灯」(「改造」1947年3月)、「女の火」(「世界文化」、1948年2月)、「火あそび」(「東北文学」、1948年3月)、「髑髏杯」(「新小説」、1950年2月)、「根なし草」(「文学界」、1950年4月)で、このときの上海を舞台にした短篇であった。
 短篇「髑髏杯」では、かつて恋人であった須貝のところで偶然知りあい、主人公の朋子(他の連作にも名を変えて登場する)と同棲している酒飲みのガラス吹き職人斎田が髑髏杯に異常な興味をもち、ついには墓地から髑髏を盗んで、自分で髑髏杯をつくろうとする。肺を病んでいる斎田は喀血を繰り返し、ついに自殺してしまうのだが、生きることへの興味を失った朋子は、斎田の死を他人事のように眺めるだけであった。これが三千代の「髑髏杯」の粗筋だが、金子の『どくろ杯』との間に共通点が多いことがわかる。ガラス吹き職人がどくろ杯に異常な興味をもち、自ら墓をあさってどくろ杯をつくるという物語の設定、ガラス吹き職人は長生きできず、酒に溺れ、血を吐いて死ぬところも同じである。こうしてみると、二人にはこれに類した体験が実際にあったのか、それとも二人が話をするなかで、この異常な物語が形づくられていったのであろうか。(続)
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by monsieurk | 2016-03-14 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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