ムッシュKの日々の便り

monsieurk.exblog.jp ブログトップ

男と女、金子と森の場合(第2部)Ⅴ

 金子と三千代が乗った郵船はどこへも寄港せず中国大陸に沿って南下し、十数日かかって、6月中旬にイギリス領シンガポールに着いた。二人は夏服の用意がなく、金子は礼服の縞のズボンに上はシャツ、三千代は裾の長いアッパッパのようなものを着て下船した。6月のシンガポールは大変な熱暑だった。
 人力車を雇ってカンナの花と椰子檳榔がつづく大通りを走り、シンガポール建設の父トーマス・ラッフルズの像や教会、当地随一の豪華ホテル「ラッフルズ」を横目で見ながら、大通りに面した小さなホテルに旅装をといた。宿代は一日5ドルだった。d0238372_16291917.jpg
 植民地都市シンガポールでは、上海や香港と違って丸い帽子を被ったインドネシア人やマレー系の人たち、赤いターバンのヒンズー教徒などさまざまな人種が見うけられた。下船した二人は「南洋日日新聞」の社長兼主筆の古藤秀三を訪ねた。「南洋日日新聞」は1914年(大正3年)に創刊され、公称の発行部数は1800部を数えた。古藤の下で記者の長尾正平と外電部の大木正二が働いていた。古藤はシンガポールの日本人会長でもあり、長身で寡黙な人だったが二人の面倒をよくみてくれた。この日の夕方、街はずれにある自宅に招かれた。家は高床式で、床下は人が立って歩けるほど高く、屋根はアタップ葺きだった。陽はまだ暮れきらず、家の外には大きなマンゴスチンの木があり、まずはその実をとって饗応された。古藤は、展覧会をするなら日本人倶楽部を紹介すること、滞在が長くなるようならホテルを引き払って部屋をかりた方がいいと忠告してくれた。そしてその言葉通り、租界のなかのラングーン通りにある「大黒屋ホテル」を紹介してくれ、翌々日にはここへ移った。
 森三千代は「新嘉坡〔シンガポール〕の宿」(『森三千代鈔』所収)で、シンガポール滞在中ずっといつづけたこの宿のことを次のように書いている。
 「このホテルの部屋は、玄関のポーチの上にのっていて、部屋全体が張出しのようで、三方の鎧窓を開けると、どこからでも風が吹き通しにわるわけだった。第一、部屋がゆったりとして、装飾などはないが、支那寝台のシーツの糊気もとれず、さっぱりとしているのが快かったうえに、ベッドにはりわたしたレースの蚊帳に、ほつれ穴やしみのないのもうれしかった。
 スラングーン〔ママ〕路の表通りで、一歩出れば賑やかな商店街だったし、どこへ行くにも出場がわるくなさそうだった。
 一ケ月十二弗という部屋代も格安だった。」(「新嘉坡の宿」)
 後で知ったことだが、宿の主人の矢加部はかつて女衒をしていたとかで、夫妻とも九州出身だった。子どもが二人いて、18歳の息子は郷里へ戻り、下の娘は大阪の女学校に寄宿していているということだった。「一生の日数を勘定すれば、南で暮らした日数の方が長いくらいで、日本へ帰へれば、四季、浴衣一枚で国違いを相手に気儘にくらすようなのんきなわけにはゆきません」と矢加部は言った。「国違い」とは日本人ではないという意味で、実際、大黒屋ホテルの宿泊客は、二人以外はみな外国人だった。
 隣室は美人のタイ人女性で、夕方になるとイギリス人が自動車で迎えに来て、夜遅く帰ってくる毎日を送っていた。廊下の先の小部屋には小柄な印度人がいた。ガンジーの信奉者で雑貨の行商を生業にしていた。階段の降り口にある広い部屋にはユダヤ人一家がいたが、宿泊人の誰とも言葉を交わさなかった。この一家が出ていくと、入れ替わりに3人の中国人学生が入ってきた。彼らのところへは女子学生がやって来て大騒ぎするので、二日目には家主に追い出された。一階には郵便局に勤める中年のマレー人が一人いた。そのほか別棟に水浴場があり、そこへ行く途中の物置のような小部屋にはマレー人の女が一人いた。病気の彼女は一日中寝てすごしていた。
 宿は部屋貸しのため、食事は外でしなければならなかったが、ラングーン通りを少し行くと市場があり、その近辺には中華料理の惣菜店やインドカレーの露店などがあった。日中の暑さには閉口したが、一日に一度は必ず来るスコールは爽快だった。窓を開けて昼寝をしていると突然のスコールで、部屋に霧のように飛沫が吹き込み、慌てて鎧窓を閉めなくてはならなかった。二階の窓まで届く大きな扇芭蕉が植わっていて、スコールが葉を叩いて激しい雨音をたてた。天井や壁にはヤモリが張りついていて、それが時々蚊帳の上に落ちて来て、三千代は顔色を変えて金子に飛びついた。夜は新聞社の大木に誘われて、領事館の安西を交えて炒米粉(チャビーフン)を肴にビールを飲み、夜がふけるまで話をした。
 金子は部屋で展覧会のための絵を描いた。仙花紙が手にはいらず、木炭紙に日本画を画いた。だが到着後一週間もしないうちに、三千代が四十度の熱を発し、次いで金子も同じ症状にみまわれ、二人して枕を並べて寝込んだ。蚊が媒介する風土病のデング熱だった。鷲尾という医師が診てくれ、一週間ほどで治り、あとは免疫ができるということだった。新聞社の人たちが見舞いに来てくれ、大木は毎朝フルーツ・ソルド〔果物からとった塩で身体を強壮にするとされた〕を差し入れてくれた。
 鷲尾医師がある日、こんなものがあると東京の新聞を持ってきてくれた。そこには、「ここに奇っ怪至極なのは金子光晴で、誰一人その生死を知るものはない。ある新帰朝者が、インドの酒場で彼がドラムを叩いていたのをたしかに目撃したよし」という記事が、他の詩壇のゴシップとともに載っていた。三千代の「去年の雪」によると、「寝床のなかで考え込んでいた小谷〔金子〕は――どうだ、もう日本へかえろうじゃないかと、言い出した――わたしは行くわ。わたし一人で行くから、あなたは帰るがいいわ」といった場面があった。土方からの手紙はここまでは届かなかったが、三千代の心から彼の存在が消えたわけではなかった。振り捨てて来た思いのためにも、パリへいって新しいものを得たい気持は強く、またパリに行けば土方に再会できるかも知れないという思いもあった。金子の方はそんな三千代の気持を知ってか知らずか、シンガポールまで来たことに安心しているようでもあった。
 二人の熱は一週間ほどでひき、金子はまた絵を再開した。熱帯の風物は強烈で、水彩絵具ではその激しさを写すのが難しかった。シンガポールでは沢山のものを目にした。タンジョン・カトン(亀岬)の真紅に染まる夜明け、アルカフ・ガーデンの日本式庭園、中華街にあるルナ・パーク式の娯楽場「新世界」の出し物、虎の尾のような蛇やコブラ、羽のはえた蜥蜴、黒豹。街で出会う人種もさまざまだった。広東人、キリン人〔タミール人の出稼ぎを現地ではこう呼んだ〕、ベンガルやアラビアの商人、シャム人、グダン人、マレーの地元民、そして混血児。こうしたなかで、「いちばん凄まじいものは、印度人の火葬で、薪の山のうえにおいた死体が硬直して一瞬立ちあがる状景、またおかしかったことは道ばたからみえる印度人の床屋で、床板のうえに寝たり坐ったり、あらゆる姿勢をして、全身の毛をくまなく剃ってもらっている図である。生毛一本のこさないヒンズー(タミール族)が、全身くまなく油を塗り、薪のような細長いからだのすみからすみまでのこまかい筋肉を浮き出させ、それから顔に牛糞の灰を塗り、赤い腰巻(サロン)をはいて、お化粧が終わり、一人の伊達男が出現するのである。」(『どくろ杯』)
 この土地で、人びとは自分の信仰や習俗のままに灼熱のなかを生き抜いていた。二人は暑さとマラリヤ蚊への恐怖から、早くこの灼熱の世界を抜け出したいと思い、金子は絵の仕事を急いだ。幸い古藤たちの助力で、「シンガポール風景小品画展」を日本人倶楽部で開くことができたが、ここでも結果は散々だった。会のあとで乾杯をしてくれた小久保という商人が、「たくさんな絵かきさんがここへ来たが、金子さん。あんたぐらいへたな人もめずらしい」(『どくろ杯』)と遠慮なく言った。この言葉を聞いても怒る気にはならなかった。絵かきなどではなく、南洋をまわっている浪花節語りのような芸人の方が斜に構える必要もなく、まして詩人だったなどと口にするのは無駄なことだった。 「詩人の私のところへ好んで訪ねてきた彼女はそれについてどうおもっているだろうときいてみたかったが、それも笞の追打ちにすぎない気がして黙った。女を責めるのは、責めるものの罪の方が大きい。とりわけ、女の欲望を責めるのは、じぶんのことを棚にあげての片手落が正義で通るくにや、時代でしか通用しないことだ。」と金子は思った。
 こうしてシンガポールでは旅費を稼ぐことができないのが分かり、古藤の助言もあって、もっと多くの日本人がいる爪哇(ジャワ・現在のインドネシア)へ渡る決心をした。古藤はバタビア週報社の社長に宛てた紹介状を書いてくれた。だがジャワはヨーロッパ航路からすればひどい回り道で、三千代は未知の辺土へ迷い込んでいくようで心細さが募った。(続)
[PR]
by monsieurk | 2016-03-26 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://monsieurk.exblog.jp/tb/22982946
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31