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男と女、金子と森の場合(第2部)Ⅵ

 金子光晴と森三千代がシンガポールを発ったのは1929年(昭和4年)7月10日のことである。宿の支払いがたまっていたが、懇意になった新聞社の長尾と大木、領事館の安西が交渉してくれて安くまけさせてくれた。もと女衒の親分だった家主の矢加部は、領事部や新聞社に弱みを握られていたのである。
 ジョンソン埠頭からボートでオランダの船会社KPMのMIJR号に乗り込んだ。埠頭まで大木が見送りに来て、フル-ツ・ソルト一壜を選別にくれた。ジャワ(爪哇・現在のインドネシア)の首都バタビア(現ジャカルタ)までの二等の船賃は一人45ギルダーで、手持ちの金はほとんどなくなった。ただ二等の食事はヨーロッパ風で、この旅で初めて食事らしい食事ができた。それでもこの先の旅費を稼ぐために、絵を買ってくれそうな客を探すにはジャワへ行くのは避けられない選択だった。
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 オーストラリア航路の船は、途中2ケ所で荷の積み下ろしをしただけで、4日後の7月13日朝8時にバタビアの新港タンジョン・プリオクに着いた。当時はオランダ領インドと呼ばれていた土地であった。二人の荷物はトランクとスーツケース、それに小さな鞄が一つだった。
 ジャワの滞在については、森三千代の「爪哇の宿」(『森三千代鈔』)や『をんな旅』で詳細にたどることができる。記述は当時つけていた日記に基づくものと思われ、到着直後の様子は次のように記されている。
 「暑い、長い桟橋であった。ごみのように船のちらばっている海上は、ぎらぎらする波の起伏で威嚇する。むかつくような船酔いのなごり。パラソルの下で、玉の汗を拭き拭き、一生懸命になって私は海関の建物まで辿りつこうとする。
 海関からすぐ移民局の旅行者係にまわった。そこで、百五十盾(ギルド)の入国税を払わなければならない。その前にパスポートを見せて身元調べがあった。
 〔爪哇〕日報社を頼って来た旨を述べて、移民局の電話を借り、日報社に到着したことを知らせた。すぐ、バタビアから自動車をまわすから、そちらで待つようにという、日報社の社長からの返事であった。入国税は、旅行者が六ケ月以内に退去する時はそのまま返却してくれることになっていた。」(「爪哇の宿」)
 「爪哇日報」は1920年(大正9年)に、「南洋日日新聞」の記者だった佃光治が創刊した新聞で、主筆は英文学者の加藤朝鳥、記者は松原晩香でスタートしたが、翌年には元「報知新聞」の記者だった斎藤正雄が譲りうけた。齋藤は西条八十や前田春声たちの詩誌「詩洋」の同人だった人で、シンガポールの古藤の仲介で手紙を送っておいたのである。電話の通り、間もなく新聞社の人が車とともに迎えにきてくれた。
 港からバタビア市内まではおよそ20キロの道のりで、道と並行して走る掘割に沿ってアッサムの並木が続いていた。街は緑が影を落とし、シンガポールに比べるとずっと落ち着いていた。「爪哇日報」は旧市街のマラッカ通りにあった。周囲には邸宅が並び、石造りの門を入った新聞社も同じような一軒家だった。観葉植物や熱帯樹が植えられた前庭に面したテラスで、社長の齋藤と会った。
 齋藤は日本では詩や小説を書いて、金子とは共通の知人がいることが分かり、当分この家に逗留してバタビアを見物したらいいと言ってくれた。午前中は新聞の編集作業で忙しく他の人たちは手を休めずに二人をちらちら見るだけだった。記事は正午には校了となって植字にまわされ、午後4時には印刷され、夕方に配達される仕組みだった。発行部数は1500部で在留邦人のほとんどが購読していた。
 二人が案内されたのは、編集室と食堂兼広間を通り抜けた先にある植字室と壁一つを隔てた細長い部屋だった。
 部屋には蚊帳を吊ったベッドが一つと、立鏡台、花柄の大きな傘をかぶせたスタンドがあり、鎧戸をあけると裏庭に出ることができた。到着したこの日の夕方、斎藤社長と編集を手伝っている弟に連れられ、中華街の「大東酒楼」に案内された。食後は自動車で3時間ほど夜のバタビアをドライブした。オランダ人たちは旧バタビアが湿地帯なのを嫌ってウェルトフレデに新市街をつくり、官庁や商業の中心をそちらに移していた。彼らの住宅もここにあった。一行はロキシーというオランダ料理店のテラスで休息した。遊びに来ているのはオランダ人がおもで、華僑の美しい娘や洒落者の混血児も混じっていた。
 帰りは椰子林の漆黒の闇のなか、ジャガタラ街道を車を飛ばして戻った。新聞社に帰りつくと、三千代は美しい電気スタンドの下で、疲れた体を伸ばして、社の書庫から借り出す田ジャバの歴史を読んだ。夜寝ていると、馬の首に鈴をつけた馬車が近づいては遠ざかる音が聞こえた。そして家に住みついている三角の大きな頭をしたトッケイ(大蜥蜴トカゲ)がけたたましい声で鳴いた。(続)
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by monsieurk | 2016-03-29 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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