フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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男と女――第四部(6)

 日本で一度しか会ったことがない詩人の中野秀人が、仕事の口をもってきたのはこれと前後したころである。中野はジャーナリストで右翼の思想家中野正剛の弟で、ロンドンからパリにきて絵の勉強をしていた。中野が言うには、パリ大学で経済と社会学を学んでいる池本喜三夫(きさお)という者が、帰国を前に博士論文を提出しようとしていて、そのための日本語の資料の整理を手伝ってくれる者を探している。彼はパリの南の郊外のクラマールという町に住んでいるので、そこへ移ってきてほしいということだった。
 クラマールはパリ南郊の大きな森の縁にあるコミュニティーで、近くにはロダンが館を構えたムードン、ロバンソン、焼き物で名高いセーヴルなど、緑に囲まれたところだった。
 金子はさっそくモンパルナスから出る、無蓋の屋上席がある軽便鉄道に乗ってクラマールの中野秀人を訪ねた。だがその日は中野の下宿を探し当てられずに、トゥルノン通りのホテルに帰ってみると、少し前から池本が待っていた。
 池本はこのとき三十一歳。父は北海道で農場を手広く経営しており、空知農学校を卒業したあと東京農業大学で学び、関東大震災があつた翌年の一九二四年にフランスへ留学した。おもに大革命前後のフランスの農村の変容を研究テーマにしてきたという。今度ナンシー大学農政経済学部に提出しようとしている論文は明治維新期の日本の農村史で、そのための日本語の資料を読み、まとめてくれる人を求めているということだった。
 池本はいったん話しはじめると饒舌で、周囲を引き込む野性味をもっていた。金子はこの方面には知識も興味もなかったが、さしせまって金になるので引き受けることにして、二カ月分の部屋代と一カ月分の生活費を前払いを条件にした。
 池本の方からは、資料が膨大だからぜひクラマールに移ってきてほしいという話が出たが、次の宿泊先を探している二人には渡りに船だった。こうして翌日には、金子と三千代はスーツケースに身のまわりの品をつめてクラマールの住人となった。d0238372_10441446.jpg見つけた部屋はクラマールの中心にある広場に面したカフェの二階だった。その後間もなく書かれた三千代の日記。――
 「二月二十七日
 ボア・ド・クラマールの近くのカフェの二階のホテルの一室。
 古びた天井には時代もののシャンデリアがとりつけてある。壁にはミュッセが女を抱いているエッチングが掲げられている。
 ミロアール〔鏡〕のついた立派なシュミネ〔暖炉〕、しかしそれは実用されるわけではない。スチームで部屋が暖まる。
 窓から春に近い透きとおる陽の光が射す。
 私は初めてベッドの上で昼寝から覚めた。
 心もからだも息〔ママ〕めるには丁度いい所のようだ。私の血は新鮮になるだろう。この空気がするだろう。

 カルチュールラタン〔ママ〕のあのホテルで五晩泣きあかしたのは夢ではない。ここへ移った、私は目が月暈(つきかさ)のように腫れていた。
 私があの手紙を書いてから何日になるだろう。
 ――あなたの顔に千の鞭を打つ・・・・
 あ!・・・・・
 そんなに好きだったのだ。今でも、これからも。
 最も愛するものは、いつも去る。
 暖かい香る珈琲をのんで、枯枝・・・やがて芽吹く、ヴェールのような柔らかさの中で、春を息する。
 私の生命は蘇えるだろうか。」(「森三千代の日記 パリ篇3」)
 ある日、活動写真の雑誌を買うと、そこに土方定一に似た俳優の写真が載っていて、気持ちを抑えられずに手紙を書いた。思い出して涙がとまらなくなったのである。クラマールへの引っ越しはそんななかで行われた。
 引っ越した翌日、池本が沢山の本を持ってきた。日本の農業に関する参考書で、金子は気はすすまなかったが、三千代がそれを読んで、金子が抜書をつくった。
 パリの南の郊外一帯には大きな森が連なり、クラマールも隣接するムードンから続く森の端にある町だった。ムードンとは国道十号線を挟んで東に位置するセーヴルの背後は、ヴェルサイユにいたる広大なビアンクールの森があり、金子と三千代は請負仕事の論文の下書きに疲れるとよく森を散策した。二月の風はまだ冷たかったが、散り敷く落葉を踏んでの森の散策は、石造りのパリの街中の彷徨では味わえない新鮮な楽しみだった。
 彼らがとくに楽しんだのは、クラマールから南へ丘を一つ越えたところにあるロバンソンだった。ここには古い城があり、ホテルやダンス場のほかに、驢馬の乗り物、射的屋、食べ物屋があった。なかでも有名なのは樹の上につくられた「鳥の巣」と呼ばれるカフェで、三千代のお気に入りだった。老木亭(Café Vieil Arbre)、大木亭(Café Grand d'Arbre)など、そうしたカフェが二、三軒あった。店は木の又や枝の切株を利用して空中につくられていて、老木の幹にとりつけた木の梯子段を登っていくのだった。そこからの眺望は抜群だった。
 「森は香爐のやうに燻つてゐるし、一ところにかき集められた赤屋根の村落は、うす青い梨の花や、アプリコの花の温かい色に、美々しくつゞりあわされてゐる。一望のはてまでバラ色にうちひろがつた田野はのびのびとして、うねりの一ところに銀色を反射してゐるセーヌ河。しん氣樓めいたパリ市街の遠望のなかにローマのかぶとのやうな聖心寺〔サクレクール寺院〕、パリが空へかけわたした金の梯子、それはエツフェル塔である。」「巴里郊外の早春」、『をんな旅』所収)
 パリの雑踏が恋しくなれば、クラマールの町の道をセーヌ川の方向に下って、十二号線の始発駅メリー・ドイシイから地下鉄に乗れば、盛り場のモンパルナスは十五分の距離にあった。
 このころのクラマールには、名を知られる版画家の永瀬義郎や二科会の画家松本弘二夫妻などの日本人が住んでいた。永瀬は金子より四歳年上の三十九歳、松本は金子と同い歳で、二人は前年夏にフランスに来ていた。金子たちはこれらの人たちとすぐに顔見知りになり、交際するようになった。
 松本夫妻はロベール・コミエというポーランド系フランス人の家の部屋を借りていた。松本は出不精だったが妻は出歩くことが好きで、独り身の永瀬とよく連れ立って買い物などをしていた。クラマールに住む日本人同士は何かというと集まっては、ばか騒ぎをした。
 「私が、日本から巴里へ着いてまだ三ケ月目、巴里の南の郊外、クラマールの森のそばのリュー・ド・セーヌにゐたころ、知合いの日本人畫家夫妻が部屋借りをしてゐた家に、「馬鹿騒ぎの夕」といふ名で招じられた一夜のことをおはなししておかうと思ひついた。(中略)
 春浅いころのことで、クラマールの戸外はまだ寒さが酷しく、路は病葉にしめつて、乾いた石の頭だけ、割栗が白々とならんでみえてゐた。主人夫妻は、私達が着くと表へ飛出してきて、はやくも歡待を示してくれた。赤煉瓦を積み重ねた細い三階家の入口の石段の前の小庭には立ち枯れた草木がそのまゝに、赤い實をつけたりしてゐる。階下は二室打つ通しで、それが小奇麗に取り片づけられてゐた。若い主人夫妻と、主人の姉と、老母とが主人側で、そのほかにフランス人の男が二人と、女が一人まじつてゐた。主人は電氣局の技師、波蘭土〔ポーランド〕種のフランス人で、皮膚が白く、眉毛も髪の毛も亜麻色をして、草の穂のやうに白つぽけてゐた。姉は出戻りで、セーヌ河向ふの服屋にシヨツプガールをして通つてゐる。(中略)
 踊りははじまつた。
 暖炉には薪がくべられ、人間のからだには酒がまわつてきた。皆の顔が情熱に融け、皆の瞳がつながりあつた。主人は、背が低い方であつたが、踊は手に入つたものだつた。踊の最中、眼をとぢて、ワルツの調子にひきこまれながら、恍惚としてメロデイとともに流れ漾ふさまは、ほんとうに楽しげにみえた。踊は、かうして踊るものではないかと私は思ひさへした。そのころ、私は、週二度、踊を習ひに、女友達の家に通つてゐた。ここではそれが役に立つた。畫家の妻君は誰よりも踊に熱をもつてゐたが、お尻をふつて踊る踊はあまりうまくなく、それでも楽しくて止められぬといつたふうであつた。
 一をどり踊つて休んで乾杯した。菓子を食べたり、果物をたべたりして談笑した。
 踊の餘樂の圓舞がはじまつた。踊の途中で誰かが、
 「シャンジュ・シュバリエ!」
 と、叫ぶと、突然、皆が、踊つてゐる相手の組かへをした。自分の好きな人をつかまへて踊るのだつたが、相手を失つて、まごまごいてゐる同志にぶつかつてそのまゝ踊るものもあつた。組んだかとおもふとすぐ、「シャンジュ・シュバリエ」といふ聲がかかつて、忙はしく、くるくる舞ひをするのだつた。」(「馬鹿騒ぎ」『をんな旅』所収)
 これはクラマールでの体験にもとづくものだが、他の文章同様、金子の存在は消されており、社交ダンスのレッスンも実は女友だちの家ではなく、イギリス人の個人教授を受けていて、そのお陰で松本夫人よりも上手く踊れたという自慢がほのめかされている。
 この「馬鹿騒ぎの夕」は明け方まで続いた。疲れた三千代が長椅子で休んでいると、主人のコミエが二階の居間に連れて行って、自分でつくった楽器を見せてくれた。素人離れの細工がほどこされた見事な出来だった。するとそこへ松本夫人が上がってきて、日本語で、「ここにいたの? 大変よ」と言う。聞くとコミエの細君のガブリエルが、二人の姿が見えないとヒステリーを起こしているという。急いで階下へ降りて疑いは晴れ、最後は皆で明け方の森へ散歩に出かけて楽しい集まりは幕となった。
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by monsieurk | 2016-06-24 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)