ムッシュKの日々の便り

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男と女――第四部(13)

 七月になるとパリは閑散とする。多くの大衆がヴァカンスを楽しむようになるのは、このときから六年後の一九三六年五月に、レオン・ブルムの率いる民戦線内閣が、週四〇時間労働と労働者に二週間以上連続した休暇をあたえることを決める以降である。ただ裕福な人たちが夏の休暇を海岸や山で過ごす習慣はすでに定着していた。
 英仏海峡に面した港町ル・アーヴルの西につらなる海沿いの街、オンフルール、トゥルヴィル、ドーヴィルは昔から保養地として有名で、三千代の発案で避暑客相手に、金子の絵を展示して稼ごうということになった。上海やシンガポールと同じことをフランスでもやってみようという思いつきだった。
 そうと決めれば早い方がいい。せっかく見つけたダゲール通りの快適な宿を一時解約し、荷物の一部を知人にあずけ、七月二十八日の夕方、オペラ座の裏手にあるサン・ラザール駅からノルマンディー行の汽車に乗った。
 このノルマンディー行きについて、金子の『ねむれ巴里』では翌年の夏のことになっているが誤りである。三千代の「日記」にはこうある。
 「七月二十八日
 あの波斯(ペルシャ)人の気のいいおかみさんと別れ、私はノルマンディーのトルービル〔ママ〕へ出発した。大荷物を人のうちへあずけておいて小荷物だけを持って、夕方の五時二分の汽車にのった。
 線路はセイヌに沿っていた。巴里を出てすこしゆくと、もうずっと麦畑と牧場ばかりの田舎である。山羊のむらがっている所、牛のねそべっている所、小さな村にはきっときわだった教会があった。途中で夕立が来た。汽車の窓を針の先で傷つけたようなに雨がかすめた。
 リジウでのりかえた。
 八時半頃、トルウビルの駅についた。
 とにかく一軒のカフェでの二階のホテルに泊まった。四人ベッドのへんながらんとした細長い部屋ではあるが、一晩だからがまんして泊まった。
 その下にレストランでディナーをたべる。ムル(ムール貝)をたべる。夜、街を真直に行って、海を見にいった。
 海岸にアメリカ式のカジノがある。
 ノルマンディ風の別荘が海岸に建ちならび、木ではりつめた散歩道をはさんでカフェがある。オーケストラが鳴っている。
 ハーブル(ル・アーヴル港)の港の灯が見える。
 落ちてゆく大きな五日月が川の上にかかっていた。」(「森三千代の日記 パリ篇」8)
 このときのノルマンディー滞在について、三千代は「日記」と「ドービルの蝦」(『をんな旅』所収)で詳しく書いている。
 到着の翌二十九日は家探しに費やした。「部屋貸し」という札の出ているところを一軒ずつ訊ね歩くがなかなか見つからない。山手の方はみな月貸しで条件に合わず、川沿いの「ホテル・ド・ラ・ペ(平和ホテル)」の十九号室を借りることにした。避暑客が多いドーヴィルではなくトゥルーヴィルに滞在したのは、こちらの方が宿代が安かったからである。金子は部屋で即席の絵を描いた。
午後、海岸へ出てみると赤白の縞のパラソルが花ひらき、その下で人びとは布張りのデッキで編み物をしたり昼寝をしたりしていて、海に入る人は誰もいなかった。夕方に目抜き通りを散歩すると、貝殻細工や耳飾り、腕輪を売る店があり、パリに劣らぬ装飾品を売る店もあった。夜になって海岸を散歩すると大勢の人が歩いている。桟橋の尖端からはドーヴィルの街の灯が間近に見えた。
 三日目の三十日は橋を二つ越えて、目的地のドーヴィルへ行った。d0238372_11193665.jpg
 「三日経った日の午前、出来上がつた畫を四五枚持つて、海岸傳ひに、カジノの支配人に面會にゆきました。だが、その交渉は、たゞ一度で失敗に終りました。カジノは、海水浴場唯一の大きな社交場で、劇もあれば、賭博もあります。此處で畫展をことはられたといふことは、たしかに致命傷でした。内部の知人か、よい紹介でもたつたら、話は、あるひはもつと進展したのかもしれませんが、ぶつつけといふことがそもそもいけなかつたのです。畫展を専門にやつてゐる畫廊(ギャラリー)が別にあると聞いて、いつてみましたが、巨額の前金の問題で、てんでお話にならないのです。窮餘の一策で、海岸へ店を出して、畫いた畫を片つぱしから路傍にならべて賣らうといふのです。少し安くして賣らねばならないけれども、その代り、數がいくから結局おなじことになるだらうといふ目算です。しかし、この海岸には露店といふものが一つも出てゐないので、S〔金子〕が、海岸管理人の許へいつてきいてみると、
 ――この海岸は、海岸の美観のため、小賣商人、その他の大道店を一切禁じてゐる。と、いふ返事です。
 ――ドービル、地獄へ墜ちろ。
 私たちは一口も口を利く元氣もなく宿所へたどりつきました。」(「ドービルの蝦」、『をんな旅』所収)
 こうして二人のもくろみは何の成果も得ず徒労に終った。「ドービルの蝦」という妙なタイトルがついた文章は、ノルマンディー滞在中をほとんどパンとバターだけで過ごしたので、最後は名物のラングスト(大蝦)を食べようと店をのぞき歩くうち、一軒のレストランの店先で大きな鋏をもった蝦を見つける。その甲羅にはマヨネーズの花文字が書かれていて、それを見た金子は、「お前たち、食っちゃいけない」と書いてあると言うと、パリ行きの切符を買いに駅へ歩いて行ったという落ちで終わっている。蝦を食べれば帰途の汽車賃がなくなってしまう有様だった。
 「八月一日
 午後一時四十五分の汽車で巴里へ帰途につく。
 モンパルナスのリュー・ド・ゲーテの一軒のホテルにつく。
 窓からサクルコーヨ(ママ、サクレ・クール)が見える。額縁作っている所を見にゆく。」(「森三千代の日記 パリ篇」8)
 日本から届いた金もほとんど使いはたし、いよいよ何か働き口を探さなくてはならなかった。
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by monsieurk | 2016-07-15 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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