ムッシュKの日々の便り

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男と女――第四部(17)

 見本市が終わりに近づいたとき、しばらくベルギーのアントワープに行っていた出島がパリに帰ってきて、缶詰入りの餅の土産とともに、諏訪旅館の経営者の諏訪秀三郎が、アントワープで掘割に投身自殺したというショッキングな話を聞かせた。この事件はベルギーばかりでなく、パリ在住の日本人にも大きな衝撃をあたえた。死亡届けは松尾邦之助のあとを継いでパリ日本人会の書記をしていた椎名其二が代理で大使館に届けられた。それによれば諏訪のベルギー人の妻はこの年初めに亡くなり、諏訪自身は七月にベルギーに行って、八月三日にアントワープのエスゴー河岸で頭をピストルで撃ちぬいて死体となった発見された。現地の警察が検視の結果自殺と断定されたということだった。
 パリで成功したようにみえた諏訪の最後は、金子や三千代にとって、異国で生きていくことも過酷さをあらためて思い知らせる出来事だった。そして出島は二人のもとに、もう一つ話を持ってきたのである。
 出島はベルギーを根城に絵を描き、それを売っていたとき、港町アントワープで船舶賄業を主にしているミヤコ商会の宮田耕三という男と知り合い、その世話になった。二人の持ちつ持たれつの関係は出島がパリに移ってからも続いていていた。三千代の『巴里アポロ座』によれば、彼女が気持の上で金子と離れたがっているのを知った出島は、ある日彼女に「日本に帰りたいんなら帰れるようにしてあげよう」と言い出したという。ただ出島の言動には必ず下心があるのが分かっているので、すぐに同意はしなかった。
 この件は、金子の側からは次のように書かれている。
 「十月、十一月と、並木の落葉の吹きだまりが大きくなる頃になって、例にように、出島のアントワープ話が再燃し、その度毎に腰のねばりがつよくなってくる。万策尽きたふたりにとって、その話のいいところだけがのこって、腹にたまるようになった。(中略)
 出島のアントワープへのの紹介は、彼女は勿論、僕の方でも、川せきの近くで、落葉が水面につもってうごかない状態から、ようやくながれはじめたときのような解放感で、ほっとしても当然な筈であるのに、まだ一つなにかが心の底でためらっているのは、そのあいだでどんな具合に出島が得分を取ることがあるのか、その正体がつかめないからであった。だが、多少のことは我慢をして、彼の策術にくっいて、こちらの策戦をねるより他はまおのであったが、出島のやりかたでは、僕から彼女を離して、港町の顔役にうりつけ、じぶんと顔役とのむすびつきを堅くし、あわよくば、彼女を通して顔役の心をうごかし、とりもち役の恩義にふさわしい報酬を、期待してのことであるまで想像できた。彼は屡々僕の留守にやってきては、彼女にじぶん流の考えを授けて、かたくるしい物の考えかたをほぐして、じぶんの思い通りにあつかいやすくしようと骨を折っているらしかった。
 「また、出島が来たわよ」
 彼女は、僕よりももっと敏感に彼の下心のすべてをよみとっていた。出島の見えすいた魂胆には乗るまいとおもいながら彼女は、いよいよどん詰まりに来たパリぐらしの活路をなんとか切りひらいてゆくために、一応彼の口車に乗って、さて、アントワープに行って、それから又考えて、善処すればいいと考えているらしかった。」(『ねむれ巴里』)
 十一月のはじめ、アントワープにいる出島からは催促の手紙が来て、それには雇い主からの、帳場のタイプ打ち係りの採用許可状も同封されていた。間もなくして、戻ってきた出島が姿を見せた。
 「「ええか。話はきめて来たど。仕事は、まかないの計算だが、そんなことは、まあ、どっちでもええ。正月には、わしもゆく。舟乗りどもが酒のみに来よるが、多少はその、そのほうも世話してやらねばなるまい」
 社長のM〔宮田〕からもらってきたと言って、ダンヒルの茨び根の古びたパイプをとり出して、刻み煙草をつめたが、一吸い二吸いすると、煙にむせて、こほんこほんと咳入った。(中略)
 「僕もベルギーにゆくことになるよ」
 と僕が、突然言いだすと、
 「それもええが、それはまた折をみて、わしが高砂に話して呼ぶようにはからう」
 と、出島は、あわてて、両手で阻止ぬるさまをした。」(同)
 こうして出島に引きずられるような形で、三千代のアントワープ行きが決まったのだった。このころ金子たちのダゲール通りの部屋によく顔をだしていた、木工家具の修行をしている青年長谷川弘二や、工場勤めをしながら絵を描いている西村などは、三千代一人をアントワープにやるのは無謀だと真剣に引き留めたが、すでに外堀を埋められた感じだった。
 三千代はのちに、パリ滞在を次のように回想している。
 「巴里での私の生活の均衡(バランス)のあぶなつかしさのなかに、私は、女性の危機を屡ゝ經験した。さうして、悪闘した。私の争闘は、内容的には、さふいひものであつたから、私は、むしろ男にならうと努力したのかもしれない。そして、この争闘は、現在の私の基礎になつてゐるから、あながち、徒労なものではなかつたといへる。

 私は、私の巴里を憶つて目を瞑る。
 煙突の林をこめて、青い霧が限りなく流れてゐる・・・。そのなかに、眞紅(まつか)に燃えてゐるものは、むかしの私の窓の燈(ひ)であらうか。緋薔薇だらうか。あの頃の、私の滴らした鮮血であらうか。」(「巴里に寄せる」、『をんな旅』所収) 
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by monsieurk | 2016-07-27 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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