フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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男と女――第五部(2)

 事務所の部屋では二人の男が将棋をさしていて、もう一人老人がストーブのそばで手持ち無沙汰気に坐っていた。将棋をさしている四十がらみのいかつい大きな男が宮田耕三だった。出島の紹介状を渡すと、眉の太いどんぐり眼をあげて、「日本の娘さんには、この土地はあまり関心できないが、折角来たんだから、まあ、いてごらんなさい。手伝ってもらうことがあったら、考えとくから」(「去年の雪」)といった。無愛想だが、心配していたような木で鼻をくくったような態度ではなく、思わずほっと安堵の溜息が出た。
 宮田はこのとき三十六歳だった。金子と同年の一八九五年に北海道の現美唄市で生まれ、二十歳のとき私費でロンドンへ留学し、第一次大戦後にアントワープへ移ると船舶関係の仕事に従事した。その後、二十四歳で独立して、船舶賄業(シップチャンドラー)と貿易を行う都商会を立ち上げて成功した。シップチャンドラーには国際的な不文律があり、日本の船には日本人、イギリスの船にはイギリス人の賄人が世話をすることになっていた。したがって多くの貨客船が出入りする各国の港には日本人のシップチャンドラーがいて、競争も激しかった。アントワープ港には、三菱系の日本郵船、三井系の大阪商船をはじめ、東洋汽船、帝国汽船、川崎汽船などの船がひっきりなしに出入りした。これらの日本船籍の船はドックの十三番から十七番に停泊することになっていて、宮田(写真中央)の都商会はそこからすぐ近いフラムス・カイ(Vlaamse Kaai フラマン河岸)八番地に事務所を構えるまでになっていた。d0238372_945843.jpg 
宮田はヨーロッパ在住の邦人の間では、面倒見がよいことで知られていて、これまでにも大勢の人間が彼の世話になってきた。ストーブのそばにいた老人の神戸もその一人で、かつては船のボーイだったが脱走して、ヨーロッパ各地を放浪したあと、宮田の世話になっていた。いまの唯一の念願は、宮田の世話でなんとか無賃で船に乗せてもらい、日本に帰って故郷である京都の土になることだった。
 しばらくして宮田が神戸に、三千代の荷物を事務所の二階の小部屋に運ぶように命じた。部屋は二階へ階段の途中のかぎになった踊り場のへりについていて、シングルベッド一つで一杯になる狭さだった。それでもベルギーの寒空の下で眠る場所が確保され、安堵する思いだった。
 宮田のところには、このとき神戸の他に二人の日本人がいわば食客として世話になっていた。宮田の将棋の相手をしていたルーベンスという渾名で呼ばれる画家の佐藤尚人、それに久保という板前で、ロンドンの日本旅館に雇われてアントワープまで来たのだが、ヴィザ(査証)が不備のために身動きがとれなくなり、ここで賄い方を引き受けている男だった。港に日本の船が入り、船長や高級船員などがやって来たときは存分に腕をふるった。ただ彼は一言も外国語が話せなかったから、素材の買い出しのときは、買い物籠をさげて、三千代のあとについて魚市場や青物市場へ出かけるようになった。
 事務所で事務をとるのは、宮田の他に外回りをする「白熊」という渾名の久保滝蔵と、タイプを打つ若いベルギー人の青年だった。久保は宮田の片腕的存在で、色が白く力が強いのが渾名の由来で船から脱走した元船員だった。彼の特技は小舟で港に入ってきた汽船に近づき、まだ船が動いているうちに船の舷にロープの鉤をひっかけ、それをつたって船に乗り込むと、同業者の先を越して賄いの契約を強引に取ってしまうことだった。
 アントワープのような荒々しい港町でのし上がるには、相応の度胸と腕力が必要だった。宮田はそれを兼ね備えており、乱暴者の白熊も宮田には一目置いていた。こんななかに飛び込んだ三千代だったが、タイピストの若いベルギー人は親切で、彼女にタイプや仕事の仕方を教えてくれた。
 このときベルギー独立百年記念の博覧会が開かれていて、日本産業協会の佐々木や田代が滞在していた。三千代は宮田の家で彼らと食事を一緒にし、田代は街に不慣れの彼女をあちこちと連れていってくれた。ロシアダンスや小レビューを観たり、アントワープでは一流のダンス・ホール「グローブ」で、ポルト酒を飲んで踊り明かしたこともあった。
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by monsieurk | 2016-08-02 22:30 | 芸術 | Trackback(1) | Comments(0)