ムッシュKの日々の便り

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男と女――第五部(3)

 年が変わって早々のある夜、三千代が眠っている部屋の扉を、なにか喚きながら拳固で烈しく叩く者がいた。酔っぱらった白熊だった。三千代は真っ暗な部屋の隅で息をひそめていた。白熊は手だけでは済まずに、靴で扉をけりでしたが、そのうち静かになった。喚き疲れて扉の外で眠ってしまったらしかった。やがて夜が明けるころ、白熊が起き上がって階段を下りて行く足音が聞こえた。その間、三千代は寒さと恐怖でふるえながら、ベッドの上に座ったままだった。
 事務所が開くと、さっそく彼女が老人に訴えると、「ま、よくドアを叩き割ってはいりませんでしたな。アントワープでは、よくあることです」と言いつつも、宮田に伝えてくれた。宮田は三千代を連れて、アントワープの日本人の間では長老格の畑中岩吉に相談にいった。
 畑中はもとは大阪相撲の力士で、パリ万国博覧会のときに相撲の一行の一人としてやってきて、その後は大阪相撲を抜けてイギリス人の興行師と組んでヨーロッパ各地を流れ歩き、アントワープに根を下ろしてもう何十年にもなる男だった。彼はバー兼ホテルを一軒持っていた、ベルギー女性との間に娘がいた。ここにいる日本人女性は、三千代のほかは、花子(通称ハナあるいはアンナ)というこの娘だけだった。宮田にチャンドラーの仕事を斡旋したのも彼で、宮田から事情を聞くと、三千代を表向き宮田の女ということにすれば、誰も手を出さないだろうと言った。宮田も納得したようだった。 
 港に日本船が入っている間は、宮田の事務所では連日どんちゃん騒ぎが続き、日本人女性が珍しいので、宴席の接待をする三千代の正体を聞き出そうとしたり、連れ出そうとしたりした。だが彼女が宮田の女だということが伝わると、呼び方まで「あねさん」と変って立てられた。d0238372_17394544.jpg
 宮田は市内での商談やちょっとした会合にも三千代を連れて行くようになり、ハンドバッグや靴などをプレゼントした。そのためにわざわざ三千代を同行して、好みの色やデザインを自分で選ばせた。こうして身の安全はひとまず保証されたが、はたしていつまでそれがいつまで名目だけですむのか、今度はそちらが心配だった。
 港町のアントワープは河岸や裏町には七、八十は入れる「大正バー」をはじめ多くのバーがあり、船が入ればどこも船員たちで満員になった。そのため女をめぐるいざこざや刃傷沙汰がたえなかった。
 宮田にはベルギー人の妻がいてバーを経営させていた。彼は毎日そこから事務所に通っていたが、ある夜、三千代がようやく寝ついたころ、激しい物音で目が覚めた。ガラス窓を通してピストルが撃ち込まれたのだった。弾は壁の天井にちかいところにめり込んでいた。外の道から部屋にむけて撃ったにしがいなかった。事務所の外をうろつく宮田の妻の姿を見たという人があり、彼女を追いはらうために脅かしたにちがいないと忠告した。
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by monsieurk | 2016-08-05 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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