ムッシュKの日々の便り

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男と女――第五部(11)

 ルパージュがイギリスから買ってきて、車のなかに置いておいた二十五個の根付が盗まれる事件があった。その後ティルルモンという街に、東洋の小さな彫刻があるというので、確認しに出かけた。しかしそれはアフリカの細工物と分かり、がっかりして帰ってきた。
 このころから金子と三千代のどちらが先に帰国するかを真剣に話し合うようになった。二人は相手を慮ってなかなか結論が出ず、ルパージュにも相談した。彼は金子を「lunatique(月の世界の人、気まぐれな人)」と呼んで、生活能力に疑問を抱いていたから、先ずは金子が先に帰国して、日本から三千代の帰国費用を送るように勧めた。そして金子の旅費は用立てようと言ってくれた。三千代に異存はなかった。
 十二月はじめ、ルパージュの車で西を目指す旅行をした。身体の芯まで冷え込むような朝、植物園横の交差点で車を待って乗り込み、毛布を膝にかけて、アスク、アロスト、ヘークルゲムを通ってガンに着いた頃には、雪まじりの雨が降り出した。
 次のブルージュを通過して、北海の避暑地ブランケンベルグに出て、さらにニューポールまで海岸沿いの街を通り、オステンドに到着した。夏ならばどの街も避暑客で賑わのだが、冬の海岸は荒涼とした砂山が広がり、肌をさす烈風が吹き抜けるばかりであった。三千代は、「いいわ、ドービルより、トロワビルより、カンヌよりずっといい」と言いながら、爽やかな顔をして車から外を眺めていた。
旅行から帰ると、ルパージュは金子のための三等の船賃を旅行会社のオフィスに払い込んでくれた。彼は日本までの船賃を払うつもりでいたが、東南アジアに心が残る金子がシンガポールまでにしてもらった。
 金子と三千代はスラバヤの松原晩香に、間もなく帰国することを知らせ、同時に原稿を送った。それが月刊「爪哇」の一九三二年新年号に載った、金子の「白耳義(ベルギ-)より」と、三千代の「遙かに偲びて」である。d0238372_16421442.jpg
 一月早々、ルパージュがお別れを会を開いてくれた。肝臓を悪くして普段はあまり肉を口にしないルパージュも、この晩はよく食べ、よく飲んだ。金子は東洋にある画龍点睛の諺を持ち出して、あなたが私に眼を入れてくれたお陰で、むだなヨーロッパの生活を捨てて、元気のあるうちに仕事をし直すことができると礼を述べた。
 食事の席で、三千代がフランス語で書き、ロベール・デスノスが訂正の筆を入れた 「PAR LES CHEMINS DU MONDE(世界の道から)」の話が出て、ルパージュが出版を引き受けてくれることになった。これは三千代が帰国したあとの一九三二年に、次女のフランシーヌの木版の挿画をつけ、詩集としてブリュッセルのレオンリプライト社から三二〇部出版されることになる。
 最後に、ルパージュが息子乾へのお土産にと、「鵞鳥双六」(ジュ・ドワ)のついた将棋盤と、ノア船に乗った動物たちの玩具をくれた。そしてこう言った。
 「――今度は何時来ます?
 ――サア。多分〔一九〕三十五年には来られるでしょう。
 ――で、マドモアゼル・ミチヨは? 一緒に来ますか?
 ――いいえ。恐らくあと二十年ですわ。だって子供が学校を卒業したときつれてくるつもりです。そしたらここへすぐお訪ねします。
 ムッシュウはしばらく考えていた。感慨にふけっていたのだろう。
 ――その時はここへ来られなくてもいい。先ず、墓地の方へやってきて下さいよ。」
(「ブリュッセル市」、『フランドル遊記』所収)
 金子と三千代は頭を垂れるばかりだった。
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by monsieurk | 2016-08-29 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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