ムッシュKの日々の便り

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男と女――第六部(2)

 金子にとっても、二年半留守にした間の変化を知り、「ほんの一掬いの文筆の場の水加減をはかりに」(「岩渕町の引出階段」、『鳥は巣に』所収)、東京へ行ってみる必要があった。そのためには子ども連れは不自由なので、もうしばらく預かってほしい旨を頼むと、森の父は承知してくれた。
 金子が東京へ行ったのは帰国後間もなくの五月のことである。東京駅に三千代は迎えに来ていなかったが、出発のときと同じく井上康文が出迎えてくれた。二人は駅近くの喫茶店で話しをしたが、井上は金子の変わりように驚いたようだった。『こがね蟲』の詩人の輝きは影をひそめていた。d0238372_2149271.jpg 
 金子はその後新宿に出て、映画館の「武蔵野館」が経営する木造の「新宿ホテル」に投宿した。そこには早稲田出身の作家の宇野浩二や広津和郎などがいた。三千代がいるアパートは新宿二丁目の「新宿アパート」の二階ということだったので、翌日その辺りを探すと四谷に行く電車通りの左側に太宗寺という寺があり、電車通りを挟んで反対側には大衆的な中華料理店があって、その店の横に、人一人がやっと通れるほどの路地があり、路の入口に「新宿アパート」という立て看板があった。
 「彼女の住居の見当がついたが、そんな場合、なにはともあれ、事の本体に飛込んでゆくという率直な気質を僕はもっていなかった。(中略)彼女を訪ねる前に、一応こちらの居所を決めて置こうと考え、その細い坂路をあがっていった。家数にして十間ぐらい、入口の二枚ガラス戸の下半分を曇り硝子にぼかし、上の半分に、竹田屋と白字をのこしてあった。
 扉の手をかける、すこしきしりながら開いた。」(「腫物だらけな新宿」、『鳥は巣に』所収)
  出てきた中年の女主人と交渉すると部屋代は一カ月十円というので、即金で払うと玄関わきの、二坪ほどの庭に面した八畳の部屋に通された。一日中陽が差しこまない陰気な部屋で、目の前は看護婦会の二階建ての建物で、ときどき二階から覗かれたりした。布団は借りてもらうことにして、食事は近くの「コーヒー王」という喫茶店で済ませることにした。コーヒーが五銭、カレーライスが十銭から十五銭だった。
  竹田屋の主人は電気器具の店に朝から出勤し、細君が部屋貸し商売をしていて、小学校にあがったばかりの、つばきという女の子がいた。壁をへだてた小部屋には、娘が学校へ行くとすぐに連れ込みの客が来て、ここがモンパルナス駅の周囲のホテルを同じであるのが分かった。お馴染みの客と顔見知りになり、おかみさんが手の離せないときは、金子が適当な部屋に案内して、お茶を出したりした。考えて見ると、ほんの目と鼻の先にいる三千代のところへ顔をだそうとしない自分を、われながら気心の知れない人間だと思った。



  
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by monsieurk | 2016-09-10 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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