ムッシュKの日々の便り

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男と女――第六部(4)

 三千代の帰国を誰より喜んでくれたのは、「女人芸術」の主宰者の長谷川時雨だった。帰国早々の四月、長谷川の肝いりで、岡本かの子、マス・ケート、千田是也、千田イルマなどの帰朝座談会「婦人新帰朝者のみてきた社会相」に、フランス帰りの代表として出席した。
 さらに「女人芸術」の同人作家、真杉静枝が親切にしてくれた。真杉は三千代と同じ一九〇一年(明治三十四年)十月の生まれで、タイピストや事務員を経て、一九二五年に大阪毎日新聞の記者になった。このころ金子の友人の正岡容と関係が出来て心中事件をお越し、二年後には武者小路実篤と恋愛関係になり、彼が刊行する雑誌「大洞」や、長谷川時雨の「女人芸術」に作品を発表していた。
 真杉は新たに創刊された雑誌の編集長に紹介したり、編集者と会うときの心得などを伝授し、女が一人で生活をはじめるのに当たって必要なお盆や急須など、自分が使わなくなったものを譲ってくれた。真杉自身が原稿一本で生活しようとしており、その上で感じる不安や憂慮を、二、三の詩集を出したほかは、文学世界とは無縁に生きてきた三千代に興味を持ったのかも知れなかった。
 三千代は金子に、「「しごとは、大体、真杉さんとコンビでゆくけど、まあまあといったところね。一度、あんなことでいいか、眼を通してほしいの」
 「目を通すまでのことはあるまいが、みせて「もらう。それにしても、たいへんだな」
 「お客が多すぎて、書いている時間がないの。十一時頃お客に起こされて、次々と立てつづけに夜の十時頃、ぐったりとなって何の気力もなくなり、朝になるとまたお客で起こされ、筆をとる暇なんかないわけでしょう。気のすむようなものを書ける暇なんか、ある筈はないでしょう」(「腫物だらけな新宿」、『鳥は巣に』所収)と近況を訴えた。
 三千代は後頭部をバリカンで短く刈った断髪で、口紅を濃く塗り、手足の爪に真っ赤な」マニュキアをほどこしていた。帰国直後はフランスで仕込んだネタをもとにしたエッセーや評論を書いたが、いまは小説を書こうとしていたが、詩人としてスタートした彼女は、小説家の仲間からなかなか認められなかった。ある雑誌の新年号のグラビアに「今年期待される女流作家」という特集が組まれ、彼女の先輩や友人の作家十人ほどが紹介されたが、三千代の名前はなくひどく落胆した。
 金子はそんな彼女を必死に慰め、いま自分がいる部屋を執筆に使ってはどうかと勧めた。ジャーナリズムに知られるのが先決であり、勉強しながらで辛いことだろうが、そうするより仕方がないとアドバイスした。
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by monsieurk | 2016-09-16 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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