フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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男と女――第六部(5)

 ブリュッセルのイヴァン・ルパージュから、原稿を渡しておいたフランス語の詩が立派な詩集となって送られてきたのはこの頃である。どうして三千代の住所を知り得たのかは不明だが、おそらくルパージュに残した宇治山田の森の実家に届いたのであろう。
 詩集は縦十八・ニ×横十二・三センチで、表紙には、「 Michiyo Mori / ―― / PAR LES CHEMINS / DU MONDE Poèmes / Bruxelles / 1931 / Frontispice par F. Lepage(森三千代 / 世界の / 道から / 詩篇 / ブリュッセル / 1931 / F. ルパージュによる口絵」とある。次女のフランシーヌ・リパージュの木版の口絵、イヴァン・ルパージュ氏への献辞に次いで、森三千代による序文一頁、そのあとに十八篇の詩が二十三頁にわたって印刷されている。収められた詩はタイトルが示す通り、彼女が金子光晴とともに、一九二八年十一月に長崎を出て、上海、香港をはじめとする中国、シンガポール、インドネシア、マラッカなどの東南アジアを旅してヨーロッパに来るまでに得た題材をうたったものである。
 三千代は「序文」には、フランス語でこう書かれている。
 「私は日本女性です。
 以前は袖に牡丹とあやめの模様があり、胸を藤の房で飾った色とりどりの着物を着ていました。
 私はこの古い衣裳を仕舞いこみました。
 では私はどんな服をきればよいでしょう?
 私は支那を通過し、上海に六カ月滞在しました。私は蘇州、杭州、漢口を通って揚子江を遡りました。そのときは、南京緞子の、襟が高い、袖のわれた中国服を身にまとい、翡翠のボタンがついた絹の靴を履き、杭州八景で飾られた白檀の大きな扇を持ちました。
 その後、私は香港で一カ月、マレーシア、シンガポール、ジャワで六カ月を過ごしました。暑いジャングルをさまよい、ヒンズー教の歌が聞こえる街々を通り過ぎました。
 ジャワでは、ワーヤン劇の人形たちが着ているのと同じサロン(ジャワ風のスカート)を身に着け、金メッキのボタンがついたカバヤ(上着)を着て、踝には金の輪をつけ、足には水牛の革の靴を履き、耳にはボルネオ・ダイヤの耳飾りをつけました。
 それから紅海と地中海を通って、私はヨーロッパに到着しました。いま、私はパリの女のように、白い羽根のついた小さな帽子を斜めに被り、モロッコ革の緑のコートを身にまとっています。それが今年の流行です。私の踵の高い靴が硬い石畳をコツコツ叩きます。
 でも、すべての服は、着たり、脱いだり、取り替えたりできますし、汚れたり、使い古したり、穴が開いたりしますが、一つ決して動かないものがあります。それは、大きな鏡の前で、しなやかに金色に輝きながら生きている、私の裸の身体、真っ黒な髪、三日月のような眉です。
 ここであなたが読まれる詩は、そんな日本女性の魂が感じたことなのです。
     
                          森三千代
                          ブリュッセルにて、一九三一年」

 詩集に収録されている十八篇とは、「Le CŒUR EN COKE(コークスになった心臓)」、
「FOUJI(富士)」、「PLUI ET IRIS(雨と菖蒲)」、{HARMONIE HNDOUE(印度教楽調)」、
「L'OCĒAN INDIEN{印度洋)」、「LUNE ET PIANO(月とピアノ)」、「SINGAPOLE(新嘉坡)」、「LE BANC DE CORAIL(珊瑚礁)」、「L'HIVER(冬)」、「LE BAGAGE EST PRÊT(出発)」、「CANOT(小舟)」、「A LA GLOIRE DE LA TÊTE du réévolutionaire Elverfert, percée par une lance et toujours exposée près de la chaussée de Jagattara, recevant les malédictions du soleil et de la lune.(剣に突き刺され、太陽と月の呪ひを受けながら、ジャガタラ街道に曝されてゐる革命家ピーター・エルヴェルフェルトの首の栄光のために)」、「LE JOUR ET LA NUIT(昼と夜)」、TROIS POĒSIES DE NANKIN(南京三詩)」、「LE LAC BAKUSHU(莫愁湖)」、「SHANGHAI(上海)」、「LA NEIGE(雪)」、「SAGUIMUSUMĒ(鷺娘)」である。これ等のうち、「莫愁湖」は一九二六年十月の「日本詩人」、「雪」と「鷺娘」が詩集『龍女の瞳』(紅玉堂、一九二七年)に発表されたほかは、このフランス語詩集が初出である。ただ残りの十五篇のうち、「小舟」と」「昼と夜」の二篇以外はのちに詩集『東方の詩』(図書出版社、一九三四年)や雑誌などに、対応する日本語の詩が発表されていることから、はたして最初に日本語で発想されて、それをフランス語にしてデスノスに手を入れてもらったのか、最初からフランス語のテクストが書かれたかは、にわかに判断できない。
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by monsieurk | 2016-09-19 05:41 | 芸術 | Trackback | Comments(0)