ムッシュKの日々の便り

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男と女――第六部(7)

 詩集からあと二篇を引用してみよう。

 「出発(LE BAGAGE EST PRÊT)」

眠つてゐるからだを動かしてはいけない。陶器のやうなもろい夢に
抱かれてゐるからだを動かしてはいけない。〔なぜなら陶器のように脆い夢に抱かれているのだから〕
バナナの畑は、薄明(あけがた)のなかで、そつと寝てる、いつぱいに熟つた
バナナの房と房とが、重つたまま〔バナナのひとつの房が別の房にふれながら〕・・・
霧と瓦斯〔ガスの口の霧〕のなかに、たくさんなバナナの思想と〔ひとつの思想が別のものに触れ〕、からだとが重つて〔身体もまた別の身体にふれながら〕
眠つているのをあたしは見ながらゆく。〔この行フランス語にはなし〕

バンドン行の汽鑵車が汗をかいて、火の粉をからだ中から散らして
走る。
どこへ逃れ、何から逃れゆくのだ。
たくさんのあたしから逃れてゆくあたしは誰だ。〔あたしから逃れるのは誰だ? それはあたしなのか?〕

水平線を横切るものは、森なのか。
さうではない。それは、この世のありとあるタンプル、パゴダが次
から次へ並んで、しののめの果を旅立つてゆくのだ。
                                  ジャバ

 タイトルの「出発」を、“Le bagage est prêt”というフランス語にするのは、当時の三千代の語学力を考えると無理な気がする。おそらくはこうした箇所にデスノスの手が入っているのであろう。だとすると、やはり日本語の詩が先にあって、それを彼女がフランス語に訳し、それにデスノスが修正を加えたという順序なのであろう。
もう一篇、「革命家ピーター・エルヴェルフェルトの首の光栄のために( A LA GLOIRE DE LA TÊTE du révolutionaire Elverfert 」。この日本語の詩は、三千代が帰国した直後の雑誌「女人芸術」(昭和七年六月号)に掲載された。

椰子科や、棕櫚科に属する部厚な植物が〔あらゆる椰子と、棕櫚の葉が〕大砲のはらや、機関銃の歯のやうに、気味の悪い光を落とし込んでゐる〔恐ろしい光で銀色を帯びる〕。
それは月だ。
羊歯のなかで、白粉にまみれてまつ白に煙つてゐる。

懶惰で楽天的な土人達〔官能的なジャヴァの人たち〕が、古い棺桶のやうな形の木琴を鳴らしながら、椰子酒を飲んで〔スカラベのように〕踊つてゐる。
それはひとつの溝〔退廃〕だ。

オランダ人のキャピタリズムが、コンクリートで固める。〔この行はフランス語になし〕
その溝は、彼らの手足を動けなくする。
気味の悪い月光と、宗教と、キャピタリズムと
三重の呪縛にかゝつてゐる彼ら――
〔彼らは三つの呪いに縛りつけられている、すなわち
迷信、宗教、キャピタリズム。〕

ピーターエルヴェルフエルトの首から呪縛を解く日はないか。

 この詩はいうまでもなくジャワで見た、エルヴェルフェルトの晒し首をうたったものである。金子が同じ情景をうたった詩は、先に引用した通りである。 三千代は、ルパージュの並々ならぬ好意で実現した三百部余の詩集の販売を、新宿の紀伊国屋に頼んだがさっぱり売れなかった。
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by monsieurk | 2016-09-25 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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