ムッシュKの日々の便り

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男と女――第六部(14)

 金子は一九三二年五月に帰国してから、この年雑誌に発表した作品は、「馬来の感傷」(「セルパン」、一九三二年八月号)など三つ。翌三三年は一つもなく、三四年は、「馬来ゴム園開発」(「作品」一月号)など散文が四本で、詩は「鷭」に載った「馬拉加」と「旗」の二つである。
 「季刊文芸」とうたった「鷭」は、古谷綱武と壇一雄が中心となり、古谷綱正、雪山俊之が加わった雑誌で、一九三四年(昭和九年)四月に創刊された。同人誌ながら執筆者には中堅や新進の作家、詩人が顔をそろえ、正方形の瀟洒なフランス綴じの堂々としたものであった。
 創刊号の「詩篇」には、室生犀星や佐藤春夫が作品を寄せ、田中克己、中原中也とともに、金子光晴の「馬拉加」と「旗」が掲載されている。この二篇は散文詩の形式で、「馬拉致加」は次のような作品である。
 
 ところどくろ染があり、焼け穴のあいた古い製圖のうへに 烏口をついて、私は心(しん)に マラツカ港の眺望をくるりと劃る。

 穹窿の砥は淡みどりに灼けて、 一ぽんの毛すじのやうな罅(ひび)が入つてゐる。正午 雲翳なく、軽氣球があがる。
 防波堤(なみよけ)の椰子。
 セメントで圍つた海のガラス屑。

 土人どもを零落させたものは、鳳梨を組立てる精密な構圖、それとおなじ 正確で きなくさい頭脳なのだ。一大隊の肩で整列してゐる小銃の幾何學なのだ。
 どうやら骨董じみた銃口は のぞくと 鼻くそでまつ黒だが。

 三百年むかしの人の血を吸つた蚊が 私のすねのまわりでさわいでゐる。哀しい唄よ。洗い晒したこのけしきよ。私は、あぶり出しをゑがくやうに、碧空のをくにながめるのであった。
 黄いろくなつた寫眞の、サルタン殿下のヘルメツトを。
          ――マラツカ城壁にのぼりて――

 そして「旗」――

 丘のうへには、秀筆(ちびふで)を立てたやうな椰子。雲はながれる。青空のかぎりを國々の旗で、かざりわたしたやうに。その旗の翻へる方へ、なびく方へ、身軽な旅装ひ。

 路ばたの紅芋のなかに鞄をおろし、景色をもつと新しくうつすために眼鏡を拭き、海や、風や、遠方にある自由をみあげる時のやうに、はるかに、かなしげにみあげる。
 一つの國が引越してゆくパノラマのやうな空を。

 郵便切手の赤繪の港。
 古めかしい税關(カストム)。
 卵を据えたやうな回教寺(モスケ)の塔から、むくむくと湧く白雲。風景の心臓を戦かせてすぎる驟雨(スコール)の前ぶれ。背すじを走る寒さ。味氣なさ。ゆきずりにむしつた木芙蓉(ヒビスカス)の花を私は、手からちらしてゐた。
 自由、それは高昧な氣流ではない。旅の氣まぐれでもない。

 自由、それは、國も 家も 人のしごとも、こゝる迄も、根こそぎうごいてゆく眺望のなかで、旗をみあげて喝采するやうな、あだな、さびしいこゝろだ。

               ――馬来半島ジョホールを越えて――   

 この二篇はいうまでもなく、東南アジア旅行から生まれた作品である。
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by monsieurk | 2016-10-17 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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