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ムッシュKの日々の便り

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男と女――第六部(16)

 この書評をきっかけに、三千代は武田の許を訪ねた。武田は小説家としてのキャリアは長かったが、三千代より三歳年下だった。武田麟太郎の死後に、三千代が書いた回想記「あの時 この時」にはこう書かれている。
 「私の妹の夫のKが、先生のところそのころよく出入りしていた関係で、妹〔はる〕と二人で、茅場町アパートの先生の住居をたづねることになった。エレベーターボーイのいない、自分で釦を押して上って行くエレべーターは、鉄筋の間を、一枚の鉄板に乗って上がって行くのが危なっかしく、のぞくと下まで見下されて、総毛立ったものだった。その時は、先に講演会で会ってはいたが、しばらく年月がたっていたので、初対面の感じで、双方、几帳面な挨拶をかわした。おおかたは雑談ですごしたが、先生は、突然のように、
 「中国人のとてもスマートな青年をよく知っているが、柳剣鳴は、きっとあんなのだろうなあ。」
 と、独りで呟くように言った。
 この次に原稿を持って来て、見てもらう約束をして、いとまを告げた。」(「あの時 この時――武田麟太郎先生の思い出」)
 このころ武田は、三高で同窓の大宅壮一がはじめた「人物評論」の編集所がある茅場町会館の六畳間に住んでいた。自動エレベーター付きの珍しいビルで、六階に編集室と住居の二部屋を大宅は借りていて、そこに居候していたのである。ライヴァルである矢田津世子や大谷藤子などが武田に師事しており、三千代も川端康成から小説上手と評された武田に書いた小説を見てもらう気持になった。
 金子が当時の詩壇に関する批評を書いたのは、大木惇夫が主宰する雑誌「日本詩」の第二号(十月刊)の「前月号月評」である。旧知の詩人たちを取り上げて容赦ない批評を加えた。
 たとえば、「川路〔柳紅〕氏の若づくりは決して、みっともないとは云いませんが、折角、才機で若さをつなぎとめてはいてもれ、作品にみなぎりわたる疲労素をどうすることもできないでしょう」。そして、「中西〔悟堂〕君が趣味にかくれようとすることは、中西君の卑怯とか、気の弱さとかいうことと同時に君の虚栄心――可愛い虚栄心だということが考えられます」。「岡本〔潤〕君の『晩餐』は面白いとおもいましたが、岡本君を知っているからの面白さで、十年間に格別、勉強のあとは見られません」と言った具合で、先輩も同輩も容赦はなかった。
 翌一九三五年の同誌四月号の「文芸時評」では、「堀辰雄がリルケを翻訳したり、三好達治が、歌よみのようなまねをしたり、している詩人達の仕事は、日のながいことである」、「萩原朔太郎の『氷島』も紀の国屋の店先でひろいよみした。この作家のミゼラーブルを世間がかっているのだなと思った」、「読書界では白秋ものがうれたそうだ。もっとも、いつか、村松梢風にあったとき――あれは、詩聖ですよ、といっていた。ゲーテのような詩聖という意味だったろうが、ゲーテのようなぼんくらあというつもりではなかろう」、「中原中也の詩集『山羊の歌』が出た。立派な装幀だ。無論、ほめようと思えば、いくらでもほめる言葉が用意されるが、それだけのことだ。からみついてこない。骨に錆びついてこない。知らん顔で素通りしてもなんでもない。アマチュア倶楽部の詩人にすぎないこんな風な詩人が、いかに純粋づらをして横行することよ」。
 とくにこの最期の中原中也を評した文章の、「からみついてこない。骨に錆びついてこない。知らん顔で素通りしてもなんでもない」という個所は痛烈である。『こがねば蟲』から十年余り、東南アジアやヨーロッパの旅で目にした現実、その間三千代との関係で味わった愛憎と比べて、これらの詩がいかにも作りものめいて見えてしかたがなかった。男と女――第六部(16)_d0238372_6434170.jpg
 金子と三千代は乾を連れて、房州の海岸へ旅行に出た。布良(めら)に一泊して海づいに白浜の野島燈台を見て小湊まで行った。乾が風邪をひき予定よりはやく帰って来たが、野島燈台を見たことで、のちに書く「燈台」のアィデイアを得ることができた。
 五月十九日、三千代は折から来日中だったフランスの詩人ジャン・コクトーが滞在している帝国ホテルへ出向き、白つつじの一枝を添えて、詩集『Par les Chemins du monde』一冊を彼に贈った。すると翌日にペンクラブ主宰で開かれたコクトーの招待会に招かれ、柳沢健から正式に紹介された。コクトーは詩集のなかの「印度洋」をほめてくれた。
by monsieurk | 2016-10-24 07:00 | 芸術
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