ムッシュKの日々の便り

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男と女――第六部(18)

 金子は次いで「泡」を、「文学批評(ナウカ社)の一九三五年(昭和十年)六月創刊号に発表した。

  泡
  
    一

天が、青っぱなをすゝる。
戦争がある。

だが、双眼鏡(ねがね)にうつるものは、鈍痛のやうにくらりとひかる揚子江(ヤン
フーキャン)の水。
そればかりだ。

おりもののやうにうすい水・・・・・・がばがばと鳴る水。
捲きおとされる水のうねりにのって

なんの影よりも老いぼれて、
おいらの船体のかげがすゝむ。

らんかんも、そこに佇んで
不安をみおろしているおいらの影も、

藍のない晴天だ。
日輪は、贋金(しんこつ)だ。

    二

呉淞(ウースン)はみどり、子どものあたまにはびこる、疥癬(くさ)のやうだ。

下関(シャーカン)はたゞ、しほっから声の鴉がさわいでゐた。
うらがなしいあさがたのガスのなかから、
軍艦どものいん気な筒ぎちが、
「支那」のよこはらをぢっとみる。

ときをり、けんたうはづれな砲弾が、
 濁水のあっち、こっちに、
ぽっこり、ぽっこりと穴をあけた。

その不吉な笑窪(えくぼ)を、おいらはさがしてゐた。
 ・・・・・・・・

    三

――乞食になるか。匪になるか。兵(ピン)になるか。
――なもなければ、餓死するか。

づづぐろい、萎びた顔、殺気ばしっためつき、くろい歯ぐき、がつがつした湖南なまり、
 ひっちょった傘。ひきずる銃。
流民どもは、連年、東にやとはれ、西に流離した。
がやがやちいってやつらは、荷輛(かりょう)につめられて、転々として戦線から戦線に輸
 送された。

辛子のやうに痛い、ぶつぶつたぎった戦争にむかって、やつらは、むやみに曳金をひいた。
いきるためにうまれてきたやつらにとって、すべてはいきるためのことであった。
それだのに、やつらはをかしいほどころころ死んでいった。
・・・・・・・一つ一つへそのある死骸をひきずって・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・
混沌のなかで、川蝦(かわえび)が、一寸づつ肉をくひきっては、をどる。
コレラの嘔吐にあつまる川蝦が。

水のうへの光は、
一望の寒慄(かんりつ)をかきたてる。
白痴・・・

䔥殺(せうさつ)とした河づらを、
跋足(びつこ)のふね、らんかんにのって辷りながら、おいらは、くらやみのそこのそこ
 からはるばると、あがってくるものを待ってゐた。

それは、のろひでもなかった。
うったへでもなかった。

やつらの鼻からあがってくる
大きな泡。

やつらの耳からあがってくる
小さな泡。

 金子は「泡」で、満州事変化以来、日本がつきすすむ中国との戦争の無惨さを冷静に描いた。
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by monsieurk | 2016-10-30 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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