ムッシュKの日々の便り

monsieurk.exblog.jp ブログトップ

男と女――第六部(24)

 畑中繁雄は「燈台」を、「この国を蔽う絶対主義的支配権力、その中軸である天皇制にまっこうから挑戦するこの第一作」と評しているが、金子はキリスト教にかこつけて、日本人を政治的だけではなく、宗教的にも、倫理的にしめつける天皇制を卑俗な表象に転化することで、その虚飾を剝ごうとした。そして「燈台」が「中央公論」に載ると、豊島与志雄が「文芸春秋」で絶賛した。
 「中央公論に、金子光晴氏の『燈台』といふ詩を見出して、私は非常に嬉しかった。重立った営業雑誌のなかで美しい詩にめぐり逢ふと、砂漠でオアシスに出逢ったやうなものだ。『燈台』はいゝ詩だ。思念と感覚との融合がうれしい。私の喜びのてめに、その一節を茲に引出さして貰ふ。(中略)(この時評欄で右の一節が気持ちよく組んでもらへるとうれしいのだが・・・。)」
 さらに金子は、「紋」では天皇制のもとで唯々諾々と生きる日本人の内面を問題にした。

 紋

九曜(くよう)。
 うめ鉢。
鷹の羽。
 紋どころはせなかにとまり、
袖に張りつき、
 襟すぢに縋(すが)る。

溝菊をわたる
蜆蝶(しじみてふ)。
・・・ふるい血すぢはおちぶれて、
むなしくほこる紋どころは、
金具にさび、
蒔絵に、剥れ、

だが、いまその紋は、人人の肌にぬぐうても
消えず、
月や、さゞなみの
風景にそへて、うかび出る。
・・・・・・

日本人よ。人民たちは、紋どころにたよるながいならはしのために、
ふすま、唐紙のかげには、そねみと、愚痴ばかり、
じくじくとふる雨、黴畳(かびだたみ)、・・・黄疸(おうだん)どもは、まなじりに小皺
 をよせ、
家運のために、銭を貯へ、
家系のために、婚儀をきそふ。
紋どころの羽織、はかまのわがすがたのいかめしさに人人は、ふっとんでゆくうすぐも、
 生死につゞくかなしげな風土のなかで、
「くにがら」をおもふ。

紋どころのためのいつはりは、正義。
 狡さは、功績(いさをし)。
紋どころのために死ぬことを、ほまれといふ。
・・・・・・・・

 紋どころを後生大事に守り、そのために虚栄をはり、体制に迎合して命まで軽んじる人たち。「おっとせい」では、自分もそうした俗衆の仲間であることを認めている。
[PR]
by monsieurk | 2016-11-17 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://monsieurk.exblog.jp/tb/23605475
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31