ムッシュKの日々の便り

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男と女――第七部(9)

 前に触れたようにタイトルをつけたのは武田麟太郎だった。最初この作品集は「人民文庫」から刊行されるはずだった。しかし「人民文庫」が潰れるという曲折をへて、ようやく出版された。彼女にとっての最初の小説集で喜びは大きかった。
 短篇「雨季」の主人公は、ジョクジャで手広く商売をしてきたトーコー桜の経営者曽根がモデルで、異国に生きる日本人が遭遇する有為転変や心理的葛藤を、南国の退廃的風景を背景にした作品である。
 他の三篇は帰国後の日本での生活を題材にしていて、「小紳士」は息子の乾をモデルにした少年を主人公にしたもので、「猫」と「梵鐘」は、三千代も一時暮らした新宿の場末で見聞したさまざまな人間模様を描いている。
 一方の金子も創作意欲は盛んだった。詩としては、「歴程」四月号に「0―鬼区」を、「中央公論」五月号には「真珠湾」を発表し、これと並行して六人の詩人の詩を集めた詩選集の編纂が進められた。『現代詩人集Ⅰ』(山雅房、一九一五年)である。
 これには小野十三郎の詩選集「今日の羊歯」、吉田一穂「海市」、高橋新吉「戯言集」、中野重治「浦島太郎」、金子光晴「落下傘」、山之口貘「結婚」が収められている。
 金子光晴の「落下傘」には、「鱶沈む」、「刃物」、「痰」、「銅貨(ドンベ)」、「街」、「女たちへのいたみうた」、「新年」、「小品」、「牧野信一君の死に」、「無題」、「落下傘」、「天使」、「夕」、「大埠頭にて」、「古い港に」、「水の流浪」の十六篇が載った。
 六月二十三日、「日本学芸新聞」の主催で、第一回の「詩研究会」が東京京橋の八重洲園で開かれた。金子も会に出席して選者となった。このころの彼は外出のときはトンビを羽織り、いつも下駄ばきだった。

 南方進出

 これより前の六月二十二日、フランスがドイツに降伏したというニュースが新聞で大々的に報じられた。
 ヨーロッパでの第二次大戦は、前年九月一日にドイツ軍がポーランドに侵攻してはじまったが、ドイツが前年にチェコスロバキアを解体すると、イギリスとフランスは三月末に、ポーランドの独立が脅かされた場合はポーランドを支援するという保障をあたえていた。それにもかかわらず、英仏の対独宣戦布告が、ドイツ軍の行動開始から三日遅れたのは、ドイツに対する宥和志向が政権内にあったあらわれだった。その上、英仏両国は宣戦布告をしたあとも、ドイツ軍に対して効果的な軍事行動をとらなかった。イギリス空軍がドイツ軍に投下したのは爆弾ではなく、ヒトラーを批判し、戦争の終結を呼びかけるビラだった。このようにして、一九三九年九月から四十年春までの間、ドイツと英仏の間では本格的な戦闘は起こらず、「奇妙な戦争」状態が続いた。
 しかし四月になると、ドイツは北欧作戦と同時にオランダ、ベルギー、ルクセンブルクのベネルックス三国と、フランスへの攻撃を開始した。フランスとイギリスの同盟軍はマジノ線に防御線を敷いたが、ドイル軍は防御が手薄なアルデンヌの森から戦車部隊を投入したためフランスの防御線は崩壊し、六月十四日、ドイツ軍はパリに無血入城した。
 ボルドーに撤退していたルブラン大統領は、十六日にはポール・レイノー首相に代わってペタン元帥に組閣を命じ、ペタン内閣は二十二日に屈辱的な休戦協定を受諾した。
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by monsieurk | 2017-02-03 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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