ムッシュKの日々の便り

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男と女――第七部(10)

 大戦勃発以来、日本はヨーロッパの戦争への不介入を宣言し、列強の眼がアジアから逸れている間に日中戦争で勝利することをめざした。だがそれに成功せず、戦争の手詰まり状況から、南進政策に踏みだした。
 一九四〇年七月に作られた「基本国策要綱」では、「大東亜新秩序」が打ち出され、武力行使によって、フランス領インドシナやオランダ領インドシナなど南方地域を支配することをめざす方針が打ち出された。これにはヨーロッパにおけるドイツが勝利を得たことが大きく影響していた。
 独仏の休戦協定が成立した三日後の六月二十五日、大本営はフランス領インドシナにある、蒋介石の国民党軍を支援のための物資輸送網、いわゆる「蒋援ルート」を切断し、東南アジア侵略の前進基地を築くために、監視員として陸軍、海軍、外務省出身者三十名を仏領インドに派遣した。この間、陸軍の首脳は親英米派の米内光政内閣の倒閣に動き、七月二十二日には第二次近衛文麿内閣が成立した。
 この後、陸軍主導のもとに南方進出の計画が練られ、日本はフランスに対して、国境監視、日本軍の仏印領内の通過、飛行場の使用などを要求し、両国の間で平和的進駐に関する協定が成立した。
 日本の北部仏印進駐は、タイをのぞく東南アジアのほとんどの地域を領有していたイギリスやオランダ、アメリカの警戒と反発をまねいた。依然としてドイツと戦争状態にあったイギリスは、ヴィシー政権をドイツの傀儡政権として承認しなかったし、ヴィシー政権を承認したアメリカも南方での日本の行動を認めなかった。
 その後、中国側に駐留して日本軍が、独断で国境を越えてフランス領インドシナ(仏印)に侵攻して、フランス軍との間で戦闘が起った。しかし日本軍はこれを制圧し、一九四一年には軍事協定を結び直して、新たな飛行場と軍港を確保した。さらに日本軍の南部仏印への進駐を要求し、フランスは日本の要求をほぼ受諾して、日仏印共同防衛に関する日仏議定書が交わされた。
 日本がこうした一連の行動で頼りにしたのは、ヨーロッパでの戦争で勝利を重ねるヒトラーのドイツだった。九月二十七日には「日独伊三国同盟」が締結され、調印式が東京の外相官邸とベルリンの総統官邸で行われ、ベルリンでは松岡外相が署名した。
 日本政府はこれによって間接的にイギリス、アメリカへ圧力を加えようとしたが、アメリカは鉄屑の対日禁輸をきめ、蒋介石軍に対する資金や物資の援助を増大させた。
 緊迫する世情をよそに、三千代の文学活動は波に乗った感じだった。九月には洛陽書院から短編集『はなびら』が出版され、「はなびら」、「街の童女」、「精霊流し」、「夫婦」、「眇」、「通り雨」が収録されていた。そして八月には、同人誌「文学草紙」に「あけぼの街」の連載をはじめ、これは翌年の五月まで十回合計十回連載された。その間、同じ「文学草紙」の十月号には、「日記から」も載せる充実ぶりだった。
 世間の関心が南方に向かうなかで、金子光晴の『マレー蘭印紀行』が、山雅房から上梓されたのは十月二十日である。厚紙の表紙のA版普及版で、定価二円五十銭(外地二円七十五銭)。金子光晴と森三千代の装幀で、扉には現地の写真一点、スケッチ二点と地図二点が付き、全二百七十六頁だった。内容は、昭和三年から四年にわたる海外放浪の途次、シンガポール、マレー半島、ジャワ、スマトラでの見聞をもとに、旅行中や帰国後に書き継がれたものである。金子は「跋」でこう述べている。
 「南洋の旅行記を山雅房の川内〔敬五〕氏の好意で出版のはこびになつた。
 この旅行記は、もつと早く出版したかつたのだが、都合が悪くて今日まで延びてしまつたので、少々今日の事情とは変わつたところが出来、一部を書直さなければならなくなつた。
 この旅行記に収めたものは、馬来半島ジョホールのゴム園と、スリメダンの石原鉱山を中心にしたもので、爪哇、スマトラの旅行記は附録程度に量が少ない。爪哇旅行については別巻をなす位のものがあるので、それは他の機会に一冊にまとめて、第二巻に相当するものを出したいと思つている。
 旅行記の方法は、自然を中心とし、自然の描写のなかに人事を織込むやうにした。幸いに、熱帯地の陰暗な自然の寂寞な性格が読者諸君に迫ることができたら、この旅行記の意図は先ず成功といふべきである。南洋案内、南洋産業地誌に類する書籍と併読されゝば、一層、具体的な効果をおさめえられると思ふ。たゞ行文拙劣、観察浮薄をまねかれず、精進の途にある一文筆人のこの一足跡に大方の批判鞭撻を待つものである。
 旅行中、激励教示をいたゞいた、シンガポール日報長尾正平氏、大木正二氏、三五公司現地員各位、爪哇日報松原晩香氏、バトパハ日本人会書記松村磯治郎氏、バトパハ芳陽館主人鎌田政勝氏、石原鉱業当時バトパハ支配人故西村氏、等に感謝を捧げる。」(『マレー蘭印紀行』)
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by monsieurk | 2017-02-06 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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