ムッシュKの日々の便り

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男と女――第七部(11)

 『マレー蘭印紀行』には、百五十部限定のA版特装版(署名入り)箱入りで定価三円五十銭と、同年十二月二十日に出たB版普及版、一円六十銭がある。普及版の発売後二カ月で、さらに低価の普及版が出されたが、これによっても世間の注目が集まったことが分かる。
 こうした現象の背景には、松岡洋右の、「われわれの現在に政策は皇道の偉大な精神に基づいて日本、満州国および中国を結びつける大東亜共栄圏を樹立することにあります。(中略)大東亞共栄圏のなかに仏領インドシナと蘭印東インドを含めることは当然であります」という声明に象徴される、南方への関心の高まりがあった。
 『マレー蘭印紀行』は「歴程」に広告が載ったほか、「日本学芸新聞」の書評で取り上げられ、推薦図書にもなった。ただし心ある読者が読めば、この時期に刊行された諸々の南方関連の著作とは、似て非なるものなのはすぐに判ったはずだが、一般読者は流行の南洋紀行の一冊と受けとめたのだった。
 このことを気にしてか、金子は雑誌「婦女苑」十二月号に掲載したエッセイでこう書いている。「(ジャバ人は)自分の国にゐながら、他国人の奴隷になつてゐる。(中略)いつまでも旧い認識をとつて相手を観察することは一番危険である。いはんやジャバをマーシャル、カロリンのやうな、原始人と一列に考へ、一口に南洋土人と未開人あつかひにして片付けてしまうことは、将来を誤算するおそれがある。ジャバ人は、光栄ある過去の歴史をもつた立派な民族である。現在日本人よりも遅れた文化を持つてゐるのは、不幸にしてヨーロッパの侵略民族の争奪の槍玉にあがつて、土地を奪はれ、人民は奴隷に追ひ落とされて、ながらく、息の根を留められてしまつてゐたからである。ジャバの女性達は、どこかに日本の女性と共通性のあるけなげで、いぢらしくて、聡明ささへもつた美しい女性達なのである。」
 十月十二日、これまでしのぎを削って来た政党が一つになる、大政翼賛会の発会式が行われ、十九日には、大政翼賛会文化部長に劇作家の岸田國士が就任した。岸田の就任は、彼が陸軍士官学校出身であるというのが理由だったが、フランス流の教養の持ち主である彼がそのポストにあるかぎり、上からの極端な文化政策が幾分かは緩和されるだろうといった期待が、多くの文化人がもった。岸田本人もそうした役割をひそかに意識していた。しかし文化部をつつむ状況は、そんなに甘いものではなく、十月二十七日には、政府と翼賛会は、文化思想団体の一切の政治活動を禁止した。
 岸田は二年足らずで文化部長の席を去り、代わってドイツ文学者の高橋健二がそのあとを継ぐことになる。
 この年の十一月十日、宮城前広場で紀元二千六百年記念式典が挙行され。この模様はラジオを通じて全国に放送され、夜には提灯行列が行われた。
 二日後の十一月十二日には、高島屋の三階にあった特別室で、翼賛会の一機関となる日本女流文学者会をつくる準備会が開かれた。長谷川時雨をはじめ十数名が集まり、三千代も出席した。
 三千代は、十一月には小説集『南溟』(河出書房)を出版。十一月には『現代女流詩集』(山雅房)に「珊瑚礁」が収録された。これは「富士」、「雨と菖蒲」、「印度洋」、「珊瑚礁」、「聞こえるかい 坊や」、「馬来の夜」、「寞愁湖」、「溶けゆく鳥の群」の七篇からなる詩選集で、収録作品はすべてこれまでの詩集に発表されたものである。彼女はさらに「新潮」十二月号に、「バタビア日記」を寄稿した。
 暮れも押しつまった十二月二十八日、金子光晴の『マレー蘭印紀行』の出版記念会が開かれた。思ってもみなかった売れ行きもあって、大勢の人たちが集まり盛会だった。ただ金子自身はのちに、これは「マレー蘭印をめぐった時の旅行記で、軍事的なことはすこしもふれていないので、読者は失望したらしかった」(『詩人』)と書いている。
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by monsieurk | 2017-02-09 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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