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ムッシュKの日々の便り

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男と女――第七部(26)

 インドシナ詩集 

 三千代が仏印に滞在していた二月、単行本の旅行記『新嘉坡の宿』(興亜書房)が出版された。さらに三月には小説集『国違い』が刊行され、帰国後の九月末から年末の間に、フランス語の詩集を明治書房から上梓した。
 表紙には、「MITIYO MORI / POĒSIES INDOCHINOISES / Librairie Meiji-Shobo / Surugadai ・Kanda・Tokio」とあり、次ページには「DESSINS TSUGUJI FOUJITA」とあり、実際、藤田嗣治による線描絵が十点挿入されている。
 冒頭にはレター・ヘッドつきの便箋に、仏領インドシナ総督ジャン・ドクーの自筆の手紙が序文として掲げられ、そのあとにフランス語の詩二十六篇を収めている。
 詩集『POĒSIES INDOCHINOISES』を最初の取り上げたのは牧洋子で、『金子光晴と森三千代――おしどりの歌に萌える』(マガジンハウス、一九九二年)のなかで、二十六篇のうちの十篇を翻訳して紹介した。ここではそれとの重複を避けつつ、幾つかの詩篇を訳してみる。ジャン・ドクーの「序文」は以下の通りである。

 「最近のインドシナ旅行から、マダム森三千代がその思い出を、このほど独特の魅力を湛えた詩として私たちにもたらしてくれました。
 彼女は、日本の知的エリートの主要な特徴の一つである、人間や物事に対する鋭いヴィジョンを付与されていますが、マダム森は、日本民族が持つ観察眼に加えて、女性特有の感性のすべてをそれに加えています。フランス語を使ったり、西欧の学問に触れることから遠ざかっていたにもかかわらず、疲れを知らぬこの旅人は、インドシナのさまざまな地方の雰囲気と、同時に、彼女自身が眺めたさまざまな場所の魂を、きわめて適切な形式で表現しています。
 経歴そのものが日仏文化の親和性の統合を示す藤田画伯が、その輝かしい才能をもって「インドシナ詩集」の挿画を提供しているのは、これ以上ないことです。詩集を飾っている挿画は見て楽しいとともに、精神にとって心地よいものとなっています。
 読者は詩のなかに、とりわけ感動的なある調子を見出さずにはいられないでしょう。最近ペタン元帥は、「時を超える作品は愛なしにはつくれない」と言いました。皆さんが以下に読まれる繊細な作品の全体には、マダム森のわが国にたいする真摯な愛が、そして藤田画伯と同様、彼女がインドシナのいたるところに浸透しているのを感じたと述べている、フランス精神に対する讃嘆の念がこめられています。
 「私はいたるところに親しいフランスを見た」――これが『インドネシア詩集』の最初の詩の、不思議な喚起力をもつタイトルです。こうして日本の女性詩人は、無名の者であれ、著名な者であれ、死者であれ生者であれ、この遠いアジアの地において、われわれフランスの真の顔を抽出し、光を当てようとしたすべての人びとに、彼女独自の賛辞を捧げています。そこには、そうした人びとの時を超えて生き続ける深い印が刻まれているのです。
 インドシナでフランスの仕事をなしとげた無名の職人たちすべての名において、ここに、マダム森に対して感謝の念を表明する次第です。

             仏領インドシナ総督 ジャン・ドクー」
by monsieurk | 2017-03-26 22:30 | 芸術
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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