ムッシュKの日々の便り

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男と女――第八部(2)

この年十一月三日、明治節の日、「戦時の秋に捧げる文報の催し」として、第一回大東亜文学者大会が幕をあけ、満・蒙・華の代表が出席して、東京、大阪と会場を移しながら十日まで開催された。大会の議題は「大東亜戦争の目的完遂のため共栄圏内文学者の協力方法」と「大東亜文学建設」の二つだった。
 十一月一日に東京に着いた代表たちは、その日に参拝のために皇居と明治神宮に連れていかれた。翌日は、靖国神社を参拝したあと宮内庁へまわり、戦時下をたくましく生き抜く国民の見本として、明治神宮で行われている国民錬成大会を見物し、さらに朝日新聞社を訪問した。そして翌三日の午前十時から、一五〇〇名が参加した大東亜文学者大会が帝国劇場で開かれたのである。
 「大東亜戦争まさに熾烈なる日、東洋全民族の文学者ここに会し、団結一致永くわが東洋を蠹毒侵害せるいっさいの思想に戦いを宣し、新しき世界の黎明をもたらさんとす。実に史上未曽有の挙なり。われら精神の選士として深く思いをここにいたし、この大事に挺身し、東洋悠久の生命を世界に顕揚せんとす。時あかたも明治節の佳日をもって門出とする吾人の光栄なり。固き決意と勇猛心をもって本大会を全うせん、右宣誓す。」
 歌人土屋文明の司会のもとで、まず斉藤瀏がこう宣誓を述べ、島崎藤村の音頭で万歳を三唱した。この開会式で自作を朗読した川路柳虹は、「新しい朝の言葉」と題して、「ようこそ親しい隣邦の友だち・・・」という詩を朗読した。
 会議での発言はすべて日本語で行われ、他の国語は日本語に翻訳されたが、日本語の発言はいっさい翻訳されなかった。代表の多くはこれに不満を持ったが、なかには、「いまに日本語が東亜語となり、東亜文学、就中日本文学が世界に光彩をなたつだろう」(満州代表)、「日本語を知ることによって、はじめて大東亜の指導原理というべき八紘一宇の大精神にふれることができる」(台湾代表)といった阿(おもね)りの発言もあった。ただ中国の著名な作家、郭沫若や老舎、林悟堂などは瞑目して沈黙をつらぬいた。
 大会は、「東洋新生のための礎石は置かれたり、われらが心魂固く一致せり。今や大無畏の精神をもって邁進することをいっさいの敵国に告げん」云々という大袈裟な宣言を採択して幕をとじた。
 これからしばらくして、かつてマルセイユから帰国の折、シンガポールまで同船した宮崎嶺雄(船酔いに苦しみながらプルーストを読んでいた)から金子のもとに連絡があった。宮崎は岸田國士の門下生で、報国会の幹事をしているということだった。
 宮崎からは、インドネシア人向けの日本語の教科書をつくる相談会があるので、ぜひ出席してほしいという。宮崎からは帰国の途中、日本の文壇についていろいろ教えてもらった義理もあって出かけて行った。
 「出かけてみると、こんどはおおぜいで、知っている顔も二、三見うけた。このときは、高見順の独壇場であった。
 べつに、しゃべることもないので、黙っていると、インドネシアの事情について話してくれと、M(宮崎)が言った。むかしのインドネシアの話をすこし話した。それから尾崎喜八が芋の詩を朗読して、真杉静枝が感激して泣いたシーンをおぼえている。消極的であるうえに、頼みになりそうもない僕は、その後なにがあっても呼ばれず、こちらから出向くこともなく、やれ戦争賛美の詩を書けとか、ポスターを手伝えとか、なんとかかんとか言ってきたが、すっぽらかして返事も出さないので、そのまま、報国会とは縁のない存在となってしまった。
 文士たちも、内心はいやいややっていたのだろうとおもうが、そういう連中は張り切った連中におされて、引きもならず、進むにも気がすすまずで、ずいぶんいやなおもいをしたろう。みそぎだとか、ことあげだとか、それまでは、なんともなかった古語が、彼らの口から飛び出すと、とても場ちがいな、押しつけがましいいやな言葉になった。下地の反対な気持をもっているせいもあろうが、僕には、感覚的にやりきれないものに響いた。日本の文士はひよわだから、暴力に弱いのはしかたがないとあきらめた。」(『絶望の精神史』)
 積極的であったか否かは個々人によって多少の違いはあったにせよ、知識人の体制協力はいたるところで行われた。その一つの例が、占領下に置かれたシンガポール(昭南島)での日本語教育である。
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by monsieurk | 2017-04-15 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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