ムッシュKの日々の便り

monsieurk.exblog.jp ブログトップ

男と女――第八部(7)

 第二次「疎開詩集」

 金子が河邨文一郎に、詩集の二度目の疎開を頼んだのはこの年の十一月である。河邨は次のように紹介している。
 「昭和十八年十一月のある夜、吉祥寺で金子さんは私に、第二次の「疎開詩集」をもちかけた。その目次は次の通りである。

 ★詩集「熱帯詩集」
 ニッパ椰子の唄(a) 洗面器(a) おでこのマレイ女に(a) ボイテンゾルフ植物園にて(a) 無題――シンガポールにて 月光不老旗 馬拉加(a) ――シンガポール羅衛門にて ――シンガポール市場にて 映照 MEMO――序詞のための 街 緑喜(改題「のぞみ」) 無題(a) 牛乳入珈琲に献ぐ(a) 女たちへのエレディ 混血論序詩 ボロブドール佛蹟にて 芭蕉 無題 どんげん 雷 エスプラネードの驟雨 孑孑の唄
 ★詩集「真珠湾」
 第一部 真珠湾(a) 湾 天使(b) 落下傘(a) いなづま(b) 洪水(b) 犬(b) 北京(b) 八達嶺で(b) 弾丸(b) 屍の唄 甍 太沽バーの歌(b) 新聞(b)
 第二部 鬼の児誕生(b) 鬼の児放浪 ふく毒なし 疱瘡 風景(b) (でこぼこした心のなかみが・・・欄外メモ) 瘤 地獄 鬼 戀(a) (おぼろめく夕闇に・・・欄外メモ) 海 無題(a) 緘 奇蹟 骸骨の歌(a) 冥府吟
あとがき

 目次にのみあってノートに記載洩れのもの。
 第一次詩篇にすでに書かれ、第二次には記載洩れのもの。」(「こがね蟲」第四号)

 河邨によって筆写された「疎開詩集」は、一九九四年になって、そのファックシミリ版が雑誌「こがね蟲」第八号に発表された。それによると、「真珠湾」の第二部に収められている「鬼の児放浪」は九月三日につくれれたもので、その最後は次のようになっている。

「鬼の児は いま、ひんまがった
じぶんの骨を抱きしめて泣く。
一本の角は外れ
一本の角は笛のやうに
天心を指して嘯く。
「鬼の児は俺ぢやない、
おまへたちだよ。」」

 そして「疱瘡」は――

「――十年のあひだえんぜるはみ下してゐた

十年のあひだ、天地は疱瘡を病んだ。
十年のあひだ、瓦礫がこげ燻るつてゐた。
十年のあひだ、鬼の児をのぞいて 心をもつてゐる
 ものはなかつた。
人と鬼どもからまもるその心を。

鬼の児よ。 はぢけた柘榴(ざくろ)。――十年のあひだ 人
 は殺しあふ夢しかみなかつた。」

 最後の「冥府吟」の日付は十月二十日で、詩集の跋文として用意された「あとがき」は、次のようになっていた。
 「主として戦争中に作られた詩篇をあつめたもの。この時代の困難のために、この詩集は日のめをみないだろう。詩集は朽ちるかもしれない。しかし、詩集にある魂はくちないだろう。それは作者の天稟のためではなく、この魂は人間がみな抱いている真実だからだ。いつかまた人は自分をふりかえる時がくるだろう。それはもはや文学だけの問題ではない。人間の名誉の問題だ。  著者」
 ここには皆が戦争に引きずられていく時代への怒りと、それに一人で立ち向かう覚悟がこめられている。 
[PR]
by monsieurk | 2017-04-30 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://monsieurk.exblog.jp/tb/24129198
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30