ムッシュKの日々の便り

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男と女――第九部(9)

 詩のなかのチャコは三千代の呼び名で、お茶の水の女高師の学生だったことに由来する。乾のボコは、幼いとき自分をボクと言えずにボコといったからだった。二十歳になった息子を子ども扱いしているが、一人息子を溺愛する金子と三千代の偽らざる心境だった。
 三人は話し合いの結果、徴兵を逃れるのに前年と同じ手を使うことにした。金子は雪の戸外から杉の小枝を、両手に一抱えも折ってきた。乾はまた裸にされ、杉葉を燻した煙をたっぷり吸わされた。三千代は村外れに中山茂という医師がいるのを聞いて、土産をもって訪ねて顔見知りになっていた。
 乾の喘音が少し聞こえるようになると布団に寝かし、金子が医者を迎えに行った。半ば強引に連れてこられた白髪の瘠せた老医者は、とまどいつつも診断書を書いてくれた。
 翌日、金子と乾は十キロの雪道を支線の駅まで歩き、満員列車で上京すると、牛込区役所に行った。乾は父親が届を出す間、区役所とは肴町通りの反対側にある古本屋の竹中書店で、立ち読みしながら待っていた。彼にとってこれが古本屋の見納めだった。一週間後には、この辺り一面焼夷弾の爆撃で焼野原になってしまったからである。
 
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by monsieurk | 2017-05-30 22:30 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
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