ムッシュKの日々の便り

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アルベール・カミュ「砂漠」Ⅶ

 だが立ち止まるべきはここではない。なぜなら、幸福はどうあってもオプティミズムと不可分だとは言われていなかったからだ。それは愛と結びついている――これは同じものではない。そして幸福があまりに苦く見えることがあるために、幸福よりもその約束の方が好まれる時間と場所があるのを、私は知っている。だがそれは、こうした時間や場所で、私が愛すための心、つまり諦めない心を十分に持っていなかったせいだ。ここで言わなくてはならないのは、大地と美の祭典への人間の入場のことだ。なぜならこのとき、入信者がその最後のヴェールを取り去るように、人間は彼らの神の前で、自分の人格という小銭を捨ててしまう。そう、そこには、幸福が取るに足りないものに見える、もっと高次の幸福がある。フィレンツェでは、ボボリの庭園の一番高いところにあるテラスまで登った。そこからは、モンテ・オリヴェトや、地平線に達する街の高みが見渡せた。それらの丘の一つ一つでは、オリーヴの樹が青白く、小さな煙のように見え、糸杉のさらに固い若芽が、近いものは緑に、遠いものは黒く、オリーヴの樹の薄靄のなかに浮き出ていた。深い真っ青な空には、ところどころ刷毛で描いたような大きな雲が浮かんでいた。午後の終わりとともに、一筋の銀色の光が落ちてきて、すべてが沈黙してしまった。丘の頂は、最初は雲のなかだった。だが微風が起り、私はその息吹を顔の感じた。それとともに、丘の背後では、カーテンが左右に開かれるように、雲が二つに分かれていった。同時に、頂上の糸杉が、突然のぞいた青空のなかで、一挙にぐんと伸びたように見えた。それらとともに、すべての丘と、オリーヴと石の風景がゆっくりと立ち上がった。また別の雲がやってきた。丘は、糸杉と家々とともに再び下がった。するとまた―― 遠くの、次第に消えていく別の丘の上で――ここでは雲の厚い襞を押しひろげる同じ微風が、彼方ではそれを閉ざしていった。世界のこの大きな呼吸のなかで、同じ息吹きが数秒の間隔で起り、世界の音階に合わせた石と空気のフーガのテーマを、間を置いてくり返していた。その度ごとに、テーマは調子を落としていった。私はそれを少し遠くまで追えば追うほど、少しずつ鎮まっていった。そして心に感得されるこの展望の終りに至って、揃って呼吸をしていた丘がすべて逃れ去り、それとともに、私は一目で、大地全体の歌のようなものを抱きしめたのだった。
 何百万という目がこの景色を眺めたことを、私は知っていた。それは私にとっては、大空の最初の微笑のようだった。それは言葉のもっとも深い意味で、私を自分の外に連れ出したのだった。それは、私の愛と石の美しい叫びがなければ、すべては虚しいと確信させてくれた。世界は美しい。それ無くしては、何の救いもない。それが辛抱強く私に教えてくれた偉大な真実とは、精神など何ものでもなく、心もまたそうだということだった。そして、太陽に熱せられた石や開けた空のせいで伸びたように見える糸杉こそが、《正しい》ということが意味をもつ、唯一の宇宙を画するということを教えてくれた。つまりそれは、人間のいない自然である。この世界は私を無にする。それは徹底的になされる。それは怒りもなく私を否定する。フィレンツェの野に落ちる夕暮のなかで、私は一つの叡智への途をたどって行った。目に涙は浮かばず、私を満たしてくれた詩の激しい嗚咽が、世界の真実を私に忘れさせなかったにせよ、すでに一切が征服されてしまっていたのだった。(続)
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by monsieurk | 2017-08-13 22:30 | | Trackback | Comments(0)
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