ムッシュKの日々の便り

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カテゴリ:フランス(生活)( 18 )

アーウィン・ショーのパリ

 久しぶりに、アーウィン・ショーの『パリスケッチブック(Paris! Paris!)』を読みはじめたら止まらなくなった。 ショーはいわずと知れた短篇の名手。これは彼が20数年住んだパリの思い出集である。
 ショーが長年夢見ていたパリの地を最初に踏んだのは1944年8月25日。ドイツ軍に占領されたパリが解放されたその日である。彼は第4師団第12連隊の通信隊に所属する写真班の兵士だった。この日は、カメラマン2名、運転手、それにショーの4人が一組になってジープでパリに到着した。車のなかは、パリまで来る途中の沿道で、住民からプレゼントされた切り花や、リンゴ、トマト、それにブドー酒の壜で一杯だった。街道にむらがって進軍するアメリカ兵を、歓声をあげる迎える住民たちが競って投げ込んでくれた贈り物だった。
 パリに着くと、抵抗するドイツ兵とフランス軍第二機甲師団の間で、散発的な戦闘が行われていた。ところどころで、市民が五人、六人とかたまって、建物の突き出した陰に身をひそめて戦況を見守っていた。
 ショーはカメラマンのドレルと、コメディー・フランセーズの屋上に上り、戦闘の様子を写真に撮った。
 「ドレルとぼくはリヴォリ通りへもどった。銃声はもうやんでいる。ぼくらは往来の真ん中を歩いていった。ぼくらが平気で往来のまん中を歩いて行くのをもう戦闘は片づいた証拠と見たのだろう、どの横町からも市民がぞろぞろ現われてきた。拍手が起こる。歓声が起こる。近よってきてキスをしかける者もある。男だろうと女だろうと見さかいなしだ。(中略)目の鋭い、すらりとした女性がぼくに近づいて来た。ぼくの肩に手をかけ、値ぶみでもするような目つきで見つめている。コニー・アイランドの遊園地へ行くとひとの体重をあててみせるのを芸にしている男がいるが、ちょうどあの男の目つきにそっくりだ。「まあ!」とニッコリ笑顔を見せて、「あんた、栄養がいいわね」といった。うらやむわけではないらしい。手を出してさわって見たら見かけ通りしっかりしているので満足したらしい。」(中西秀男訳)
 これがアーウィン・ショーのパリとの出会いだった。パリにすっかり魅せられた彼は一度帰国したあと、1951年この街に戻り、20数年を過ごしたのである。
 ショーの数多い短篇の中でもお気に入りが、『フランス風に(In the French Style』である。2カ月間、取材でエジプトに行っていたベテラン・ジャーナリストのベドーズは、パリに戻るとすぐに女友だちのクリスチナを電話で呼び出す。待ち合わせ場所はいつものシャンゼリゼのカフェ。喜んでやって来ると思っていた彼女は、どこかよそよそしく、会話も弾まない。留守の間に他の男と婚約していたのだ。
 「二カ月は長すぎたかな、パリでは」と訊くベドーズに、「いいえ長すぎないわ。パリだって、よその街だって」とクリスチナは答える。この一言で、彼は二人の仲が完全に終わったことを悟る。
 「ベドーズは身をかがめて彼女にキスした。はじめは片方の頬に、それからもう一方の頬に。「さよなら」、そういいながら自分は微笑を浮かべていると思った。
 「フランス風だ」(中略)
 シャンゼリゼを凱旋門の方にただ歩いて行った。独りでいるのは厭な夜だった。どこかにもぐりこんで電話をかけて、誰かに夕食をつきあってもらおうと思った。
 電話のある店の前を二、三軒通り過ぎながら、店の前に来ると迷ってしまって、中にははいらなかった。なぜならその夜、この街で彼が会いたいと思う相手は一人もいなかったのだ。」
 二人が会ったのはFouquet’s(「フーケッツ」)だったのだろう。そうだとするとベドーズは凱旋門に向かって左側の歩道を歩いて行ったことになる。歩道に面して何軒もカフェがあり、電話をかけるには店に入って、小銭をjeton(ジュトン)と呼ぶコインのような丸い金属に変えてもらい、大抵は地下にある電話に入れてダイヤルをまわす。1970年代までのパリでは、街で電話をかけるには、みなそうしたものである。
 フーケッツを出て2ブロックほどいった道を左に入ると、バー「Calvados(カルバドス)」
があるが、宵のうちはまだ店を開けていなかったかもしれない。ここはエリッヒ・マリア・レマルクの小説『凱旋門』にも出てくる店で、ノルマンデー産のリンゴのブランディー、「カルバドス」を飲ませてくれ、よく通ったものだった。でも待ち合わせる相手がいなければ、店に入る気はしないかもしれない。
 In the French Styleは、ペーパー・バックのほかに、英宝社の英米文学名作ライブラリー『娘ごころ・フランス風に』(英語日本語の対訳)や、常盤新平訳『夏服を着た女たち』(講談社文庫)で読むことができる。
 ショーの小説を持ち出したのは、パリでの暮らしと取材の思い出を中心に、『パリとその思い出』を書く気になったからである。ショーほど洒落たものにはなりそうにないが、これから取りかかることにする。
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by monsieurk | 2012-11-03 08:00 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)

二分されるフランス

d0238372_1210216.jpgd0238372_1235229.jpg 二分されるといっても政治の話ではなく、今夏のフランスの天候です。写真はトゥールーズの地下鉄の入口で配られる「Direct Matin」という無料配布紙の1面と8面です。車内で読んだ後なので、少々皺がよっています。
 表紙の記事は「ロワール川の南は太陽、北は灰色」、「さあ夏だ、でもどこもというわけではない」という見出しです。コート・ダジュールのマルセイユやニースの海岸では、例年のように水着姿のカップルや家族連れが太陽を存分に楽しんでいますが、北の避暑地であるノルマンディーやブルターニュでは、海岸のビーチ・パラソルは畳まれ、観光客は雨傘にジャケットを着こむ姿が目立つと、昨夜8時のニュースでも伝えていました。
 天気予報士の分析では、北の雨と低温はイギリスから吹き込む寒気のせいで、南の暑さは地中海をこえて来るサハラ砂漠からの熱風の影響とのことです。
 Direct Matin紙には、この6月からの気象の異常を示すいくつかの数字が載っています。
 
 16日:フランスの北西に位置するサルト県では、6月1カ月の雨の日が16日で、この地方の人たちは2日に1日は傘を持って外出したことになる。
 100から150mm:パリなどがあるイル・ド・フランスでは、6月の雨量が平年の二倍に近く、これは53年ぶりに雨の多い年となった。
 70から80時間:ブルターニュで記録した6月1カ月の晴れの時間。平均すれば1日に2時間ほどしか太陽が顔をださなかったことになる。
 17度:7月10日のブルターニュと地中海のコルシカ島の気温の差。ブレストでは正午で14度。一方カルジェーズでは温度計は31度をこえた。

 ここトゥールーズはピレネー山脈の影響のために地中海沿岸とは気候が異なり、2日晴れると1日曇りまたは雨といった天候を繰り返しています。7月14日の革命記念日には、パリのシャンゼリゼ大通りで、オランド大統領が初めて出席して一大パレードが繰り広げられ、歩道は多くの見物客で埋まりますが、この分では上着が必要になりそうだと天気予報は悲観的です。私たちは来週、ゴッホの耳切り事件で有名なアルルへ行く予定です。パリから光を求めて出かけたゴッホのように、ギラつく太陽を期待しています。
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by monsieurk | 2012-07-13 12:15 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)

庭の光景

d0238372_12291292.jpg 前のブログで紹介したCourrier internationalのNo.1126が、家に残っていました。この号の特集は「トゥールーズの誘惑(Les tentations de Toulouse)」で、「バラ色の街」、「食の街」、「パステルの街」・・・といった項目があり、記事はどれもベタ褒めです。
 トゥールーズはかつて青色のパステルの生産で財をなしました。街の中心部にあるレンガを積んだ豪奢な建物は、当時の栄華を伝えています。こうした繁栄は、戦後は航空機産業、宇宙開発に引き継がれ、エア・バスやアエリアン・ロケットはトゥールーズの空港に併設された工場で生産されています。関連企業も多く、フランスの地方都市としては活気があるところです。地中海まで達するミディ運河沿いの並木道や、ガロンヌ川に沈む夕日に照らされてバラ色に染まる街の情景は一見にあたいします。
 私たちがいるのは、市の中心から東へ10キロほど離れたBalmaという郊外の住宅地です。今朝は昨夜の雨もあがり、陽が射してきました。面白いものを見つけましたので、それを含めて庭の写真の幾つかを、お目にかけましょう。
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 板張りのテラスの隅に、この模様を描いた主は・・・
d0238372_1225152.jpg そう、蝸牛(escargot・エスカルゴ)です。蝸牛にはlimaçonという呼び方もありますが、こちらは多く内耳にある渦巻管や、limaçon de Pascalといって、パスカルが発見した蝸牛線などを指すときに主に用いるようです。このエスカルゴが食べられるかどうか自信がありません。彼が這っているテラスの横には、ダリア、白アジサイが咲いています。朝から鳥が来ていまもしきりに囀っています。
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by monsieurk | 2012-07-06 12:40 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)

パン屋

 今いるバルマ(Balma)は人口1万3千の比較的小さな郊外の住宅地です。以前書いたように、教会の周辺に小型スーパー「カルフール」があり、車で5分のところには大型スーパー「アンテル・マルシェ(Inter Marché)」があって、食料品から家具、電気製品、本まで購入できます。ただ毎日のパンとなると、住民の多くは教会の近くに固まって店を開いている3軒のパン屋へ買いに行きます。3軒の店のパンの味は微妙に異なり、各家庭で贔屓にする店が違っています。わが家はもっぱら教会の隣に店を構える写真の店で、朝と晩にパンを買うようにしています。
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 お米が主食の日本では家でご飯を炊きますが、パンは自家製というわけにはいかず(日本では優れもののパン焼き器で自宅でパンを焼くようですが、こちらではまったく普及していません)、主食のパンはパン屋へ買いに行かなくてはなりません。一日分をまとめ買いする人もいますが、近くの人は朝夕買いに出かけます。パンが何本も入った紙の袋を手にもったり小脇にかかえたりして歩いている人をよく見かけるのはそのためです。

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by monsieurk | 2011-07-20 06:12 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)

トゥ-ル・ド・フランス

 フランスのテレビは、自転車のプロ・ロードレース「トゥール・ド・フランス」の様子を連日生中継しています。パリ駐在特派員だった当時、このレースの放送権をNHKが持っていて、フランスのテレビ局の映像に加えて独自取材も行いましたから、ひときわ関心があります。
 平均時速40キロで走り抜ける選手たちを、ヘリコプター、オートバイ、自動車から、何台ものカメラで映して中継するのは大変でした。1985年から91年まではNHKのBSで放送し、その後はフジテレビが放送権を獲得し、いまは日本ではJSPORTSで生中継されているはずです。
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by monsieurk | 2011-07-16 18:40 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)

マルシェ

 皆さんたちは、夕食などの買い物はどのようにされるのでしょうか。ここトゥールーズ市郊外のバルマ(Balma)では、水曜日と土曜日の午前中にマルシェ(市場)が教会近くの広い道にたち、肉、魚、野菜、季節の果物、卵(店先には卵を産まない雄鶏が鶏冠をたてて籠に止まっています)、チーズ、ジャム等々を専門に売る店があって、食品はここで買い揃えます。マルシェには椅子直しの店、衣料品を商う店も出ます。
 それぞれ馴染みの店があり、どこで買うかは家庭によって決まっているようです。こうしたマルシェはフランスの街では必ずたちますから、大抵の家では1週間分の買い物をマルシェで済ませます。
 バルマの場合は教会の周囲に、パン屋が3軒、肉屋、お総菜屋(Charcuterie)、八百屋、お菓子屋がそれぞれ1軒、それに土日も営業している「カルフール」の小型スーパー・マーケットが1軒あります。ここは以前「Huit à huit」といって、看板通り朝8時から夜8時まで営業する個人商店だったのですが、カルフールに買収されて品揃えも増えました。
 トゥールーズ市内にはさまざまな店が軒を並べていますが、生鮮食品を商う店は少なくて、大抵はヴィクトル・ユゴー広場に設置されている大きな屋内市場で買います。写真がその内部です。
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by monsieurk | 2011-07-11 12:25 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)

アペリティフ

 7日の夜は、お隣さんから食前のアペリティフを飲みに来るよう、わが家全員が招待されました。お隣のラカバンヌ一家は、ご主人のジャン=ポール、奥さんのフランソワーズ、息子のマチュの3人で、7月14日の革命記念日にこちらを発ち、3週間の予定で日本を旅行します。私が出発前に在日フランス大使館領事部へ出向いたのは、ジャン=ポールの運転免許証を日本語に翻訳してもらうためでした。
 お隣さん一行は、関西空港へ着いた後、京都の祇園祭を見物し、広島(原爆資料館)、安芸の宮島、岡山、飛騨の高山とまわり、東京にしばらく滞在してから、鎌倉や箱根などを観光するスケジュールを立てています。移動には新幹線も使いますが、荷物が多いので出来るだけレンタカーでまわりたいけれど、フランス語か英語のカーナビのついた車がなかなか見つからないといいます。
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by monsieurk | 2011-07-08 20:44 | フランス(生活) | Trackback | Comments(1)

二つの結婚式

 7月2日土曜日のフランスのテレビは、夕方からモナコ公国のアルベール二世と南アフリカの元オリンピック水泳代表チャ-リーン・ウィットストックさんの宗教上の結婚式を延々2時間にわたって中継しました。
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 アルベール二世は53歳、チャーリーン(これからはフランス読みでシャルレーヌと呼ばれます)は33歳で、20歳差の結婚です。アルベール二世はレーニエ三世とグレース王妃の長男で国家元首。母のグレース王妃は元アメリカ女優で「シンデレラ」に擬せられましたが、シャルレーヌ王妃も同じです。彼女は3つのオリンピック金メダルの保持者で、モナコの世界水泳大会のときにアルベール二世と知り合い、交際をスタートさせました。公自身もボブスレーの元オリンピック代表です。 ともに初婚ですが、アルベール二世はこれまでに二人の女性との間に男の子と女の子をもうけており、認知はしていますが、公位継承権は認めていません。
 二人は前日1日に法律上の結婚はすませていたのですが、それ以上に大事だったのが昨日の教会での結婚式でした。式にはフランスのサルコジ大統領夫妻をはじめ、800人を超える招待客が出席して、モナコ市民とともに結婚を祝福しました。式のパレードでは、沿道から南アフリカの国旗も打ち振られていました。

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by monsieurk | 2011-07-03 18:24 | フランス(生活) | Trackback | Comments(0)
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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