ムッシュKの日々の便り

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デボルド=ヴァルモールの詩Ⅰ

 ヴィリエ・ド・リラダンの研究家で名訳者だった斎藤磯雄の著作に、『詩話・近代ふらんす秀詩鈔』(立風書房、昭和47年(1972)12月)がある。取り上げられているのは、ヴァルモール夫人(原著の表記はヴァルモオル)、ネルヴァル、ボードレール(ボオドレエル)、マラルメ、ヴェルレーヌ(ヴェルレエヌ)ランボー(ランボオ)の6人で、それぞれ代表的な作品の翻訳と評釈があり、一般読者はもとより研究者にとっても参考になる知見に満ちている。
 冒頭のマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール夫人については、「サアディの薔薇(Les roses de Saadi)」、「哀歌(Elégie)」、「わが部屋(Ma Chambre)」、「花失せし冠(La Couronne éffeuillée)」の4篇が取り上げられている。冒頭の「サアディの薔薇」についてはこう述べられている。

 「『初花の芳(かぐは)しきかな』とヴェルレエヌがいふ。マルスリイヌ・デボルト・ヴァルモオル Marceline Desbordes-Valmore(1786-1859)は謂はばロマンティスム早春の花であり、後の巨匠ラマルティイヌ、ユゥゴオ、ミュッセさへすべて色褪せたかに見ゆる今日、なおその馥郁の氣を失はず、抒情の清新、感動のみづみづしさは驚くばかりである。――先ずわれわれは何の先入見も抱かず、虚心に、一篇の詩を誦してみよう。

 サアディの薔薇

この朝(あした)きみに薔薇(そうび)捧げんと思ひ立ちしを、
摘みし花むすべる帯にいとあまた挿(はさ)み入るれば
張りつめし結び目これを抑ふるにすべなかりけり。

結び目は破れほどけぬ。薔薇の花、風のまにまに
飛び散らひ、海原めざしことごとく去って還らず。
忽ちにうしほに泛(うか)びただよひて、行手は知らね、

波、ために紅(くれない)に染(そ)み、燃ゆる怪しまれけり。
今宵なほ、わが衣(きぬ)、あげて移り香を籠めてぞるくゆる・・・
吸い給へ、いざわが身より、芳しき花の想い出。

 Les Roses de Saadi

J’ai voulu ce matin te reporter des roses ;
Mais j’en avais tant dans mes ceintures closes
Que les nœuds trop serrés n’ont pu les contenir.

Les nœuds ont éclaté, Les roses envolées
Dans le vent, à la mer s’en sont toutes allées.
Elles ont suivi l’eau pour ne plus revenir ;

La vague en a paru rouge et comme enflamée.
Ce soir, ma robe encore en est tout embaumée...
Respires-en sur moi l’odorant souvenirs.」

 なおサアディとは、13世紀のペルシャで名をなした詩人で、その著書『薔薇の園』の序文には、この詩の元になった次のようなエピソードが綴られている。
 「賢者がいて忘我法悦の状態にあった。彼が我に返ったとき、友人が尋ねた。〈君がいたあの花園から、何かを私たちに持ってかえってくれたか。〉するとこれに答えて、〈薔薇の木まで行って、衣をかかげ花で満たし、それを友たちに贈る夢を見た。だがたどり着いてみると、薔薇の香りですっかり酔ってしまい、衣が手から滑り落ちてしまったのだ〉と言った。」
 デボルド=ヴァルモールは逸話の主人公を女性に変えて、みごとに詠ったのである。(続)
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by monsieurk | 2015-10-30 22:30 | | Trackback | Comments(0)

フランスの近未来小説2冊

 最近、フランスで刊行された2冊の近未来小説を読んだ。一つはフランスが舞台、もう一つは日中の間で軍事衝突が起こるという想定の作品である。まずは私たちに身近な、クロード・ルブラン著『悪循環』(Claude Leblanc:L'engrenage,Komikku Editions, 2015)の方から。
 小説の冒頭は、次のようなシーンで始まる。d0238372_17214282.jpg

 「ワシントン、2014年7月11日、2時25分

 ――大統領…大統領…大きな声を出すのをためらいながら、この夜のバラク・オバマの警護責任者であるジョン・バーネットは、アメリカ大統領のアパートの扉をそっと叩いた。彼は不意を突いて起こそうとは思っていなかった。ホワイトハウスの主が、不機嫌に起きたとき、癇癪玉を破裂させることをよく知っていたからである。好意的なマスコミは「ミスターー・クール」と紹介しているが、彼は気難しくい見かけとはほど遠かった。2012年の再選以降は特にそうだった。・・・」
 それを知りつつジョン・バーネットは、熟睡中の大統領をなぜ起こそうとするのか。南シナ海で、日本と中国との間で偶発的な軍事衝突が起こったとの第一報が届いたからである。日々にらみ合っている日本と中国の戦闘機が互いに近づきすぎて、まず日本のF-2戦闘機が発砲し、中国のスコイ戦闘機を撃墜してします。中国人パイロットは無事に脱出したが、中国は尖閣列島を警戒している艦船に攻撃を加える。
 この偶発的衝突で、両国の政治家たちは「毅然とした態度をとるべし」と強硬論を叫び、それが双方のナショナリズムを煽る。やがて社会も政治も次第に戦争へと傾斜していく。『悪循環』には「第3次世界大戦の発端」という副題がついていて、この衝突をきっかけに、世界は戦争の瀬戸際までいくのだが、果たして戦争は不可避か?小説にはオバマ大統領をはじめ、安倍晋三首相、習近平国家主席など、登場人物のほとんどが実名で登場する。
 著者のクロード・ルブランは、「クーリエ・アンテルナショナル」の元編集長で、いまは「ズーム・ジャポン」の編集長をつとめる日本通のジャーナリストである。日本語が堪能で、この小説を書くに当たっても度々来日して取材を重ねたという。小説というフィクションでありながら、衝突後のストーリーは日中両国の現在の政治や社会の動向に基づいていて、それが現実味を与えている。
 もう一冊のウェルべックの『服従』(Michel Houellebecq:Soumission, Flammarion,2014、邦訳は白水社刊)も、フランスの近未来を想定した小説で、語り手のフランソワはパリ大学文学部で19世紀の唯美主義の作家ユイスマンスを専門にする中年の教授である。
 物語の発端は2022年に行われる大統領選挙。決選投票には二人の候補、極右の国民戦線の党首マリーヌ・ル・ペンとイスラム同胞団(架空の政党)を率いるモハメッド・ベン・アッバスが残る。彼はエリート校として有名な国立行政学院(ENA)出身で、イスラム過激派とは異なり、これまで政権を担ってきた社会党や保守勢力は、EU離脱を主張する国民戦線に政権を渡さないために、イスラム同胞団の支援にまわり、ベン・アッベスが大統領に当選する。イスラム政党が政権を握ったフランスでは都市近郊の治安は改善され、アラブのオイルマネーが流入して、財政も改善される。
 d0238372_17184856.jpg)だが一方で、社会制度は急激な変化にさらされる。生産手段の多くが国有化され、中等教育はイスラムの教えが中心のカリキュラムに変わり、女性は街中ではベールを被ることが義務づけられる。そしてフランソワが文学を講じるソルボンヌはイスラム大学となり、イスラム教徒しか教鞭をとれず、フランソワも解雇される。
 フランスの読者は、この小説がイスラム教徒への恐怖をいたずらに煽るのではないかと懸念した。だが著者ウエルベックの真の狙いは、ヨーロッパを覆う政治状況を風刺するだけではなく、状況に応じて簡単に意見を変える都会人とくに知識人の生き方にある。事実フランソワは哲学的、宗教的信念からではなく、イスラム教に改宗して大学へ復職する。その大きな理由はイスラムマネーによる高い給料と、イスラム教が認める一夫多妻制にある。
 本書は奇しくもイスラム教を風刺した週刊誌『シャルリー・エブド』が襲撃された日に出版され、著者には警察官の保護がつくなど評判となった。ただそんな話題をこえて、いまのヨーロッパの対イスラムの心象風景を知る上で大変参考になる。
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by monsieurk | 2015-10-27 22:30 | | Trackback | Comments(0)

版画家・加藤茜さんの新作

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 大阪在住の若い版画家、加藤茜さんの新作(写真、イメージサイズ 18cm×20cm)を入手した。作品に同封されていた手紙には次のように書かれていた。
 「タイトルは《箱庭(サイ)》です。絵のとらえ方はさまざまであるのが当然ですが、制作した時の想いとしては、内面にある幾つかの心情を動物に投影し、「サイ」、「シーラカンス」、「ペリカン」の3点を描きました。このサイはインドサイで、角が1本しかない種類であることから、ブッダの教えのなかにも登場するという貴重な存在だそうです。
 技法はドライポイントです。インクは黒に青色(プルシャンブルー。シャルボネ社のもの)を少量混ぜています。“鉄色”のような色味が出したいのと、粘度があるため、黒の部分がしっかり刷れるので、そうしています。紙はこの作品のみ、ややクリーム色の強いものを選びました。」
 加藤さんの存在を知ったのは、京都に住んでいた2003年2月のことである。散歩の途中に立ち寄った岡崎の美術館で、京都市立芸術大学の学生たちの卒業制作展が開かれていた。興味を覚えて入館し、油彩、彫刻など200点をこす作品を見てまわるうちに、版画部門の一角に展示されていた作品に釘づけになった。イメージサイズは41.5cm×61.0cmの大作で、タイトルには《ピラルク》とあった。ピラクルは、シーラカンスと同様に生きた化石として知られる淡水魚である。この大きな魚の横顔が画面一杯に描かれていた。
 さっそく会場に設けられた事務局を訪ね、作者を聞くとともに購入したい旨を伝え、対応してくれた先生は、学生から直接連絡を取らせると約束してくれた。後日、作者の加藤茜さんから連絡があり、こうして彼女との交流がはじまったのである。
 加藤さんの初期の創作に、「海シリーズ」と呼ぶ一連の作品がある。学生時代に彼女は水族館でアルバイトをしたことがあり、そのとき目にした魚やヒトデ、小蟹、海底に沈殿していくプランクトンなどを描いた独特の雰囲気をもつ作品群で、すぐに購入した。この一部は、かつて館長をつとめた放送大学附属図書館のサロンの壁をいまも飾っている。
 加藤茜さんにはその後、私家版の訳詩集『マラルメ 牧神の午後』(販売 左右社、2010年)のための挿画4点(《マラルメの肖像》、《憩うニンフたち》(写真右)、d0238372_1316431.jpg《牧神》(写真左)、《葡萄》)や、『石坂洋次郎「若い人」をよむ 妖しの娘・江波恵子』(吉田書店、2012年)の口絵《江波恵子像》(写真)を制作してもらった。d0238372_13203838.jpg
 彼女の作品は、大阪、京都、神戸など関西を中心とした展覧会に出品されることが多く、今回の《箱庭 サイ》ほかも、京都の三条河原町にある画廊「アート・ギャラリー北野」で開催された、京都市立芸術大学美術部版画専攻の同窓会「なないろ」のグループ展に出品したものだという。加藤茜作品のファンとしては、独自の世界をたたえる作品が1点でも多く生みだされることを願っている。
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by monsieurk | 2015-10-24 22:30 | 美術 | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅹ

 ジャニーヌ

彼女は言った、
わたしは可愛い二人の素敵な殺し屋と
とても良い日々を過ごしていたのでしょう、と
彼女は恋の値打ちを知っていた
彼女は人生の価値を知っていた
それは昨日だった
彼女は笑いを知っていた
彼女は今日もそれを知っている
彼女は明日もそれを知っているだろう

彼女の娘と夫のように
二人の可愛い殺し屋のように。

 暇つぶし?

書くのは暇つぶし?
夢を見るのは暇つぶし?
  このイメージは
真っ白なままだった
  数秒がすぎた
  一分は
まだ経っていなかった
ほら 今できた。

 美しい人生

人生を遊んで終わり
死がまたすべてを元に戻す

人生を楽しむ
死が掃除をする
絨毯の下に隠れている塵など大したことはない

死が忘れさせる沢山の美しいことがある。
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by monsieurk | 2015-10-21 22:30 | | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅸ

 旅路

  未来から
鳥はただ一瞬だけ
  夢と快楽の
 軌跡を描く。

    ☆

神は自らの姿に
人間を創った
露出主義者は
彼に崇拝の念を捧げる。

 お互い

(場面は鏡の間で進行する)

  一人
 (とても悲しげに)
ぼくは一人だ!

  もう一人
 (彼もまた悲しげに)
きみは一人じゃない!

  一人
(もう一人をうかがって)
きみは誰だ?

  もう一人
ぼくが誰かぼくは知っているのか? きみは?

  一人
ぼくと、彼と、彼女、もしぼくが彼を殺せば、彼女はなんて言うだろう?

  もう一人
彼女はなにも言わないよ、もし彼女がきみを知っているなら。

  一人
鏡の前では、ぼくは二人だ。

  もう一人
そうだ。でもきみはだれだい、ねえ?
一人のきみは?
ねえ? 二人のきみは?

  一人
ぼくは一人のときは安心する、二人のときは不安だ。

  ガイドに続け!

  ガイド
ガイドに続け!

  旅行者
俺はガイドだ。

  彼の犬
俺は俺さまの主人だ。

  美しい女
わたしはガイドよ。だからわたしは女じゃない、わたしは男だから。

  旅行客
俺はこの美しい女だ。

  彼の犬
俺もだ、俺はこの美しい女だ、俺は俺の主人だから。

  ガイド
ガイドに続け。わたしはガイドじゃない、わたしはガイドだから。

  旅行客
俺はこの美しい女である俺がだれかを知りたい。

  彼の犬
俺は俺さまの主人じゃない、俺は俺の主人で、それが俺をうんざりさせるから。

  美しい女
わたしはガイド、わたしは大衆、わたしは体制、わたしはモード、わたしは子どもじゃない・・ああ、もうたくさん!わたしは誰でもない。

  ガイド
ああ、もうたくさんだ! わたしは辞める。
 (彼は姿を消す)

  旅行客
ああ、俺はガイドじゃない、俺は男じゃない、俺は女じゃない、俺は何者でもない。
 (彼も姿を消す)

  犬
やれやら、俺はもう俺の主人じゃない、だから俺は俺の主人だ、だから俺はロワールの城を見になんか行かないだろう!(続)
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by monsieurk | 2015-10-18 22:30 | | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅷ

 行進

数のない影
影のない数
 果てしなく
足で拍子をとって
影の数
数の影
 果てしなく
 最初の足取りで

注:数(nombre)と影(ombre)は同じ韻を踏んでいる。

    ☆

そして神は
アダムとイヴの不意をついて
彼らに言う
続けなさいお願いだから
わたしにはお構いなく
わたしが存在しなかったようにしなさい。

    ☆

馬はジョッキーを食べない
虎は鮭を食べない
子羊はパスカルを食べはしない。

注:ユダヤ教の過越の祭の生贄の子羊をagneau pascal(パスカルの子羊)と呼ぶ。それにかけた地口。

     ☆

雨は
空から落ちてこない
鳥は
わたしたちのように
地上の動物だ。

 詩人たちの公国
  
彼らがどんなイマージュを
  鏡のなかへ送ると
こんな渋面を 
   彼らに送り返してくるのか?

    ☆

猫は人間より
 ずっと短命だ
猫がもっと生きようとどうでもいい
ただ馬たちは二十歳で死ぬ。(続)
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by monsieurk | 2015-10-15 22:30 | | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅶ

 小さな怪物の手紙

なぜ怪物に向かって怪物だと言うのか?
それは彼のためになるのか果たして親切なのか?
それと知らずに怪物でいるのは恐ろしい
だが怪物は自分をそれと知りながら
幸せに生きるために困難を切り抜けられるだろうか?
なぜ彼に教えたのか?
哀れな怪物
それでも彼はとても優しい
きみはそれを知らなかったのだ。

     ☆

そして狩猟の神聖ユベールは
盃を重ねた
猟師が獲物を追いこんだ合図の叫びをあげるまで。

注:聖ユベールは狩猟の神

     ☆

崇高とは腐食性だ。

     ☆

夢見る人が人生に戻るとき
人生はしばしば彼に微笑むが
大抵は彼に勘定を払わせて
彼を追い払う。

     ☆

本当のアルファベットを書くには
純文学をものにするだけでは足りない。

     ☆

魔法使いたちは
へまをすると
いつも弟子たちを責める。

     ☆

わたしは幸せ
彼はきのう愛していると
わたしに言った
わたしは幸せで誇らしい
お日様のように自由
でも彼はつけ加えなかった
それがずっと続くとは。(続)
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by monsieurk | 2015-10-12 22:30 | | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅵ

 前日の晩

見張りの夜警係の女が死んだ
そして夜警の男もまた
夜に死んだ。
夢をみている子どもたちは
彼に息を吹きかけた。

 注:前日(veille)、夜警(veilleuse)、見張り(surveillant)が掛詞になっている。

     ☆

神様は望みのものを手で作るが
悪魔は尻尾でもっとうまく作る
神様が雌牛を作るとき
悪魔は闘牛を作る
神様が悪い頭を作るとき
悪魔は美しい心を作る

     ☆

海のなかではお互いが見えない。

     ☆

記憶の穴のなかに
 人は隠れる
山のなかでは
 人は迷う。

 テクストのなかの隠語

エヴァは太陽を讃えた
そして太陽はエヴァを金色に染めた
なぜかと言えば
快楽の言葉では
光り輝くとは
楽しむという意味で
それを言っているのだ。

     ☆

不幸のこの時に
行われたすべての反射で
鏡は割れた。(続)
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by monsieurk | 2015-10-09 22:30 | | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅴ

 それは夏だった

捲られた私のスカートの下の
彼の両手の中で
わたしはいつものように裸でした
わたしの若い身体全体は
髪や頭から足の爪まで
お祭りでした
わたしは魔法使いの杖を
導く泉でした
わたしたちは悪いことをしました
そして悪いことは善いことでした。

 インタヴュー

《ぼくは読んだ、「田園詩」、「プロヴァンシャル」、
「レ・ミゼラブル」、「天啓を受けた人びと」、
「悪魔のような人びと」、「感情を失った人びと」、
「根なしの草の人びと」、「征服者たち」、
「無関心な人びと」を・・・
――それで今は何を読まなければならないんだい?
――「くそったれの奴ら」を、この時代には
読まなくては!》

注:言及されているのは、順番にプレヴェールが愛読した、ウェルギリウス、パスカル、ユゴー、ネルヴァル、ピエール・ロティ、バレス、アンドレ・マルロー、モラヴィアの著作。

       ☆

 本物の庭師は
 野生の思考を
   前に
 自己を発見する

 追悼の辞

  Ⅰ

長広舌をふるえ 長広舌をふるえ 長広舌をふるえ
長広舌をふるえ 長広舌をふるえ
屁理屈を長々と述べよ

  Ⅱ

ハクション
お大事に!

注:フランスでは人がクシャミをすると、周りの者はすかさず” à vos souhaits“(ア・ヴォ・スエ、「お大事に」)と言う。
これとの語呂合わせで、17世紀の雄弁で知られる作家ボシュエにかけて、“à Bossuet(ア・ボシュエ)といっている。訳しようがない。

    ☆

男と女は
これまで会ったことがなかった
彼らは互いにずっと離れた
別々の街に住んでいた
ある日
彼らは最後の時間の
最初の分の
まさに
第二秒目に
同じ本の同じページを読んでいる。

    ☆

籠の中の一羽の鳥よ
自由は喪に服している
おお わが青春よ
生きるための歓びに
お前を殺す力を残したまえ。

    ☆

お前の手
それは顔
お前の腕輪
首輪
お前の二つの指輪
お前の眼
お前の服のヴェルヴェット
お前の髪のブロンド。

    ☆

この冷たい修道女の上で
憩う石ころ。

    ☆

時は
それを殺そうとする者に
辛い生活をもたらす。

    ☆

歌うのはぼくじゃない
それはぼくが見た花だ
笑うのはぼくじゃじゃない
それはぼくが飲んだブドー酒だ
泣くのはぼくじゃない
それはぼくの失われた恋だ。(続)
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by monsieurk | 2015-10-06 22:30 | | Trackback | Comments(0)

詩集「アドニード」Ⅳ

     ☆

――あなたは色つきの夢をみますか?
美学者が尋ねる。
――どんな色の夢を見ろというのですか?
  インディアンが答える。

     ☆

  美よ
もっと美しい
もっと静かで
もっと明白で
もっと変化にとんだ
名前を考えつくことも出来るだろう
  美よ
ぼくはしばしばお前の名前を使う
そしてぼくはお前の広告のために働いている
ぼくはお前の主人じゃない
  美よ
ぼくはお前の使用人だ。

      ☆

このようにわたしたちはぼやけて見えるのだろう
ひ弱で、不安気で
生きている顔は
もしもその内側に死人の顔がなかったなら。

      ☆

天使であるとは
不思議なことだ
と天使が言う
ロバであるとは
ロバであることだ
とロバが言う
それは何かを言ったことにはならない
と天使が翼を揚げながら言う
だが
もし不思議が何かを意味するなら
ロバであるとは不思議以上に不思議だ
とロバが言う
不思議は
と天使が足を踏み鳴らして言う
不思議はあなた自身だ
とロバが言う
そして彼は飛び去る。(続)
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by monsieurk | 2015-10-03 22:30 | | Trackback | Comments(0)
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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