ムッシュKの日々の便り

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休載のお知らせ

目下、体調を崩して、自宅で静養しています。当面、ブログを休載いたします。秋風の吹く10月には再開の予定です。M.K.
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by monsieurk | 2017-08-19 22:30 | | Trackback | Comments(0)

アルベール・カミュ「砂漠」Ⅷ

 立ちどまらなければならないとすればこの均衡だ。それは奇妙な一瞬で、そこでは霊性が道徳を拒否し、幸福が希望の不在から生まれ、精神が肉体のなかにその理由を見いだす瞬間だ。あらゆる真実はその裡に苦さを湛えているというのが本当なら、あらゆる否定には《肯定(Oui)》の開花が含まれているのも本当である。そして、観想から生まれるこの希望のない愛の歌は、行動のもっとも効果的な軌範を示すこともできる。ピエロ・デラ・フランチェスカが描いた墓から出て甦るキリストは、人間の眼差しをしていない。その顔には幸福なものは何も描かれていない――わずかに魂のない猛々しい偉大さがあるだけで、私にはそれが生きる決意と取れて仕方がない。賢者は愚者と同様、わずかしか表現しないからだ。私はこの甦りに感動する。
 だが私は、この教訓をイタリアに負っているか。それとも自分の心から引き出したのか。それが私の前に現れたのは、疑いもなくあそこでだった。イタリアは他の特権的な場所と同様に美の光景を提供してくれるが、そこでも人間はいずれ死ぬ。ここでも真実は朽ちていかねばならない。そしてこのことほど刺激的なことがあるだろうか。たとい私が望んだところで、朽ちなくてはならない真実から、私に一体なにが出来るというのか。そうした真実は私の力をこえている。そんな真実を愛するのは見せかけにすぎないだろう。一人の人間が、彼の生をつくってきたものを捨て去るのは、決して絶望からではないことを理解する人は稀だ。軽率な行動や絶望は別の生に導くだけで、大地の教えを前に、震えるような執着を示すばかりだ。だが明晰さがある段階に達すると、人間は心が閉ざされたように感じ、反抗も権利の要求もなくなり、これまで自分の生だと思ってきたものに背をむける。私はこうした人の動揺のことを言いたいのだ。たといランボーが、アビシニアでただの一行も書かずに生を終えたとしても、それは冒険が好きだったからでも、作家であることを断念したからでもない。それは《そんなものだから》であり、意識の先端では、私たちはみな天性から理解しないように努めていることを、最後には認めるのだ。明らかにここでは、ある砂漠の地理学の企てが関わっている。だがこの奇妙な砂漠は、決して自分の渇きをごまかさずに、そこで生きることの出来る人びとにしか感じることができない。そしてそのとき、そのときだけ、人びとは幸福の泉で癒されるのだ。
 ボボリの庭で、私の手が届くところに、黄金色をした大きな柿がなっていて、そのはじけた果肉は濃厚な果汁をしたたらせていた。あのうっすらと見える丘から果汁の豊かなこの果物へ、そして私を世界と一つにする密かな友愛から、手の上にあるオレンジの果肉へと私を追い立てる空腹へと揺れ動く均衡に、私は捉えられていた。この均衡がある種の人間を、禁欲から享楽へ、一切の放棄から官能の乱費へと導く。人間を世界に結びつけるこの絆を、私の心が加わることで幸福の明確な限界を指示するこの二重の反映を、私は讃美したし、いまも讃美している。世界はこの限界で、幸福を完成するかもしれず、あるいは破壊してしまうかもしれない。私の反抗する心に、ある同意が眠っているのを理解したヨーロッパのわずかな場所のひとつ、フィレンツェ! 涙と太陽が混じったその空のなかで、私は大地に同意し、その祝祭の暗い焔のなかで身を焦がす術を知ったのだった。私は悟った・・・・だがどんな言葉を? どんな常軌を逸した態度を? 一体どうやって、愛と反抗の一致を確立するのか? 大地! 神々に捨てられたこの大いなる神殿のなかで、私のあらゆる偶像はみな同じ土の足をしている。(完)
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by monsieurk | 2017-08-16 22:30 | | Trackback | Comments(0)

アルベール・カミュ「砂漠」Ⅶ

 だが立ち止まるべきはここではない。なぜなら、幸福はどうあってもオプティミズムと不可分だとは言われていなかったからだ。それは愛と結びついている――これは同じものではない。そして幸福があまりに苦く見えることがあるために、幸福よりもその約束の方が好まれる時間と場所があるのを、私は知っている。だがそれは、こうした時間や場所で、私が愛すための心、つまり諦めない心を十分に持っていなかったせいだ。ここで言わなくてはならないのは、大地と美の祭典への人間の入場のことだ。なぜならこのとき、入信者がその最後のヴェールを取り去るように、人間は彼らの神の前で、自分の人格という小銭を捨ててしまう。そう、そこには、幸福が取るに足りないものに見える、もっと高次の幸福がある。フィレンツェでは、ボボリの庭園の一番高いところにあるテラスまで登った。そこからは、モンテ・オリヴェトや、地平線に達する街の高みが見渡せた。それらの丘の一つ一つでは、オリーヴの樹が青白く、小さな煙のように見え、糸杉のさらに固い若芽が、近いものは緑に、遠いものは黒く、オリーヴの樹の薄靄のなかに浮き出ていた。深い真っ青な空には、ところどころ刷毛で描いたような大きな雲が浮かんでいた。午後の終わりとともに、一筋の銀色の光が落ちてきて、すべてが沈黙してしまった。丘の頂は、最初は雲のなかだった。だが微風が起り、私はその息吹を顔の感じた。それとともに、丘の背後では、カーテンが左右に開かれるように、雲が二つに分かれていった。同時に、頂上の糸杉が、突然のぞいた青空のなかで、一挙にぐんと伸びたように見えた。それらとともに、すべての丘と、オリーヴと石の風景がゆっくりと立ち上がった。また別の雲がやってきた。丘は、糸杉と家々とともに再び下がった。するとまた―― 遠くの、次第に消えていく別の丘の上で――ここでは雲の厚い襞を押しひろげる同じ微風が、彼方ではそれを閉ざしていった。世界のこの大きな呼吸のなかで、同じ息吹きが数秒の間隔で起り、世界の音階に合わせた石と空気のフーガのテーマを、間を置いてくり返していた。その度ごとに、テーマは調子を落としていった。私はそれを少し遠くまで追えば追うほど、少しずつ鎮まっていった。そして心に感得されるこの展望の終りに至って、揃って呼吸をしていた丘がすべて逃れ去り、それとともに、私は一目で、大地全体の歌のようなものを抱きしめたのだった。
 何百万という目がこの景色を眺めたことを、私は知っていた。それは私にとっては、大空の最初の微笑のようだった。それは言葉のもっとも深い意味で、私を自分の外に連れ出したのだった。それは、私の愛と石の美しい叫びがなければ、すべては虚しいと確信させてくれた。世界は美しい。それ無くしては、何の救いもない。それが辛抱強く私に教えてくれた偉大な真実とは、精神など何ものでもなく、心もまたそうだということだった。そして、太陽に熱せられた石や開けた空のせいで伸びたように見える糸杉こそが、《正しい》ということが意味をもつ、唯一の宇宙を画するということを教えてくれた。つまりそれは、人間のいない自然である。この世界は私を無にする。それは徹底的になされる。それは怒りもなく私を否定する。フィレンツェの野に落ちる夕暮のなかで、私は一つの叡智への途をたどって行った。目に涙は浮かばず、私を満たしてくれた詩の激しい嗚咽が、世界の真実を私に忘れさせなかったにせよ、すでに一切が征服されてしまっていたのだった。(続)
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by monsieurk | 2017-08-13 22:30 | | Trackback | Comments(0)

アルベール・カミュ「砂漠」Ⅵ

 話しを先へ進めようか? フィエゾールでは、赤い花々を前に生きる人たちが、僧坊には、瞑想を培う頭蓋骨を置いている。彼らの窓にはフィレンツェが広がり、机の上には死が乗っている。絶望のなかのある種の持続は、喜びを生むことがある。さらにある気候のもとで生きるとき、魂と血は混じりあい、信仰の場合と同じように、義務に無関心で、矛盾の上に易々として生きことがある。だから、ピサの壁の上に、《アルベルトはぼくの妹と恋をしている(Alberto fa l'amor con la mia sorella)》と陽気な手で書かれ、そこに名誉の奇抜な観念が要約されていても、イタリアが近親相姦の地であり、少なくとも、この方がずっと意味はあ深いのだが、近親相姦を告白する地であっても、私は少しも驚かない。なぜなら美から背徳へ至る途は、曲がりくねってはいても、確実な途だからだ。美に沈潜した知性は虚無を糧としている。その偉大さが喉をしめつけるような風景を前にした観念は、その一つ一つが人間の上に引かれた抹消を示す線だ。そして人間はやがて否定され、覆われ、覆いつくされ、圧倒的な確信によって次第にぼやけて行き、世界を前にしても、その色も、太陽も、真実を受動的にしか知ることができない、形のない染み以外のなにものでもなくなる。真に純粋な風景は、魂には無味乾燥で、その美は堪えがたい。石と空と水からなるこの福音書では、甦るものは何もないと告げられている。以来、心のなかにある素晴らしい沙漠で、この国の人たちへの誘惑がはじまる。高貴な光景を前にして育った精神の持主たちが、美によって希薄になった大気のなかでは、偉大さが善に結びつくことがあることを納得しないとしても、なんで驚くことがあろうか。知性を完成する神をもたぬ知性は、知性を否定するもののなかに一つの神を求める。ボルジアはヴァチカンに着くや、こう叫んだ。《神がわれわれに教皇の位を委ねたいま、それを満喫しなくてはならない》。そして彼は言った通りにしたのだ。急ぐことだ、とはよく言ったものだ。そして人びとはそこに、満ち足りた人間に固有の絶望をすでに感じている。
 私はおそらく間違っている。なぜなら、フィレンツェでは、私も私以前にやってきた多くの人たちも、結局は幸福だったのだ。だが、幸福とは、もしそれが一人の存在と彼が営む実生活と間の単純な一致でないとしたら、一体なんだろう? それに、持続への望みと死の宿命を二重に意識することでなければ、人間を生に結びつけるどんな正当な一致があるだろうか? 少なくとも人は何も当てにせず、現在を、私たちに《おまけ》として唯一与えられた真実として考えることを、そこから学ぶだろう。私は人びとがこう言うのを耳にする。イタリア、地中海、古代の国々では、すべてが人間の尺度に適っていると。では人びとはどこで、如何にしてその途を私に示してくれるのか。私の尺度と私の満足とを探すために、目を見開いたままにさせてほしい。というよりも、そう、私は、フィエゾール、ジェミラ、太陽に輝く港を見る。人間の尺度? 沈黙と死んだ石。その他の残りはすべて歴史に属する。(続)
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by monsieurk | 2017-08-10 22:30 | | Trackback | Comments(0)

アルベール・カミュ「砂漠」Ⅴ

 だが、私が言いたかったのはそれではない。私は、自分の反抗の中心に感じていたひとつの真実を、もう少し近くから点検してみたかったのだ。私の反抗はそうした真実の延長にすぎなかった。その真実とは、サンタ・マリア・ノヴェルラの教会の遅咲きの薔薇から、軽やかな服を着て、胸をひろげ、唇の濡れた、あのフィレンツェの日曜の朝の女たちへと赴く真実だ。その日曜日はどの教会の片隅でも、豊かな、眩い、水で真珠のように光った花が棚に飾られていた。そのとき私は、そこにご褒美と同時に一種の《素朴さ》を見出した。女たちと同様、これらの花には、気前のいい豪奢さがあった。そして私には、誰かを欲するのは、他の人を渇望することと、さして違うとは思えなかった。そこでは純な心があれば十分だった。ある男が自分の純な心を感じるのはそれほどあるものではない。しかし少なくとも、この瞬間、彼がしなくてはならないのは、自分をこれほどまで純粋にしたものを真実と呼ぶことだ。たといこの真実が他人には冒瀆と思えようと、私がその日考えていたのが、まさにその場合だった。私は月桂樹の匂いにみちたフィエゾールのフランチェスコ派の修道院で朝をすごした。赤い花、太陽、黄色と黒の蜜蜂で一杯の小さな中庭に、長いこと留っていた。一隅には緑色の如露があった。そこに来る前私は僧房を訪ねて、髑髏が取りつけられた僧たちの小さな机を見た。そしてこの庭は、彼らの霊感を証しだてていた。私は丘づたいにフィレンツェへ戻った。丘は糸杉と一緒に見える街の方へと降っていた。世界の素晴らしさ、女たち、これらの花々、私にはそれらが人間を正当化するもののように思えた。この素晴らしさは、極端な貧困が常に世界の豪奢や冨と結びつくことを知っている人間たちの素晴らしさであるかどうか、私は確信が持てずにいた。柱廊と花々の間に閉じ込められたフランシスコ派の僧たちの生と、一年中を太陽に当たってすごす、アルジェのパドヴァニ海岸の若者たちの生に、私はある共通の響きを感じていた。もし彼らが裸になる(se dépouiller)としたら、それはよりも偉大な生のためだ(それは別の生き方のためではない)。少なくとも、それが《無一物になる(dénouement)》という言葉の、ただひとつ価値のある使い方なのだ。裸でいることには、常に肉体の自由という意味がある。そして手と花々との一致 ―― 大地と、人間的なものから解き放たれた人間の愛おしい協調 ―― ああ! もしこの協調が、すでにして私の宗教でなかったら、私は必ずそれに改宗しただろう。こんなことを言っても、冒瀆にはならないだろう。―― それに、もし私がジオットの聖フランソワの内面的な微笑が、幸福の味を知る人たちを正当化すると言ったとしても、冒瀆したことにはなるまい。なぜなら、神話と宗教の関係は、詩と真実の関係と同じで、生きる情熱に被せられる奇妙な仮面なのだから。(続)
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by monsieurk | 2017-08-07 22:30 | | Trackback | Comments(0)

アルベール・カミュ「砂漠」Ⅳ

 もっとも忌まわしい唯物主義は、一般に考えられているものではない。それは死んだ観念を生きた現実と見なし、私たちの裡で永久に死すべきものに向ける執拗で明晰な注意を、不毛の神話の上で逸らそうとするものだ。思い出すが、フィレンツェのサンチシマ・アヌンツィアータの死者たちを祭った教会の中庭で、何かに心を奪われたことがあった。それは悲哀と思われたが、実は怒りだった。雨が降っていた。私は墓石や奉納物の上の碑銘を読んだ。それらは優しい父や、忠実な夫のものだった。あるいは最良の夫で、同時に抜け目のない商人だった。あらゆる美徳の鑑であった若い女性は、《まるで生まれた国の言葉のように( si come il nativo)》フランス語を話し、彼女は一家の希望だった。《しかし喜びは地上の束の間のものだ (ma la gioia e pellegrina sulla terra)》。ただこうしたものは、まったく私を動揺させなかった。碑銘によると、ほとんどすべての人が死を甘受していた。それは彼らが別の義務を受け入れていたから、きっとそうなのだ。今日では、子どもたちが中庭に入り込み、死者の美徳を永遠たらしめようとする墓石の上で、馬跳びをして遊んでいた。そのとき夜の帳が降りてきた。私は背を柱にもたせかけ、地面に腰を下ろしていた。さっき一人の僧が通りかかり、私に微笑みかけた。教会のなかでは、オルガンが幽かに奏でられ、その旋律の熱っぽい色彩が、ときどき子どもたちの叫び声の背後で聞こえた。たった一人、柱を背にしている私は、喉をしめつけられ、最後の言葉として信仰を叫ぶ者のようだった。私のすべてが、こうした忍従のようなものに抗議していた。《しなければならぬ》と碑銘は告げていた。しかしそうではない。私の反抗こそ正しかったのだ。地上の巡礼のように、無心で、没入するこの喜び。私はそのあとを一歩一歩ついていかなくてはならなかった。その他のことには、私はノンと言った。全力でノンと言った。碑銘は虚しく、人生は《昇る陽もあれば沈む陽もある》と私に教えてくれていた。だが今日では、その虚しさが私の反抗から何を奪っているのかは分からず、むしろ反抗の意義が加わるのを強く感じる。(続)
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by monsieurk | 2017-08-04 22:30 | | Trackback | Comments(0)

アルベール・カミュ「砂漠」Ⅲ

 そう、人びとによって明らかにされた教訓を、イタリアは風景によっても惜しみなくあたえる。しかし幸福が欠けることはよくある。なぜなら、それは常に不当なものだからだ。イタリアに関しても同じだ。その恵みは、たとえ唐突であっても、常に直接的とは限らない。他のどの国よりも、イタリアは一つの経験を深めるように誘う。とはいえ、それは最初にすべてを委ねているように見える。それというのもイタリアは、第一に、詩をふんだんに撒き散らし、その真実を一層うまく隠してしまう。その最初の妖術は忘却の儀礼だ。すなわち、モナコの夾竹桃、花と魚の臭いで一杯のジェノワ、リギュリア沿岸の青い空。それにピサ。ピサとともにリヴィエラの、いささか下品な魅力を失くしたイタリア。それでもイタリアは相変わらず気さくだし、どうしてその官能的な魅力に身を委ねずにいられよう。ここにいる間、私は何にも強制されず(私は割引切符のせいで、《自分が選んだ》街にしばらく留まらなくてはならず、追い立てられる旅行者の喜びを奪われている)、最初の夜は、愛することと理解することの忍耐が、際限のないように思えた。私はその夜、疲れと空腹をかかえてピサの街に入った。駅前の大通りで私を迎えたのは、群衆に向けて、歌謡曲を雷鳴のように吐き出している十数のスピーカーだった。群衆のほとんどが若者だった。私にはこのときすでに、自分が何を期待しているかが分かっていた。この生の躍動のあとにあるのは、いつもの奇妙な瞬間だろう。店仕舞いしたカフェ、突然また戻ってきた静寂。私はそのなかを、暗い小路を通って街の中心に向かうのだ。黒や金色に光るアルノ河、黄色や緑色の遺跡、人気のない街。夜十時のピサは、沈黙と水と石の不思議な書割に変わる。突然で巧妙なこのからくりを、どう描写すればよいだろう。《それは同じような夜だよ、ジェシカ!》。このユニークな丘の上に、いまこそ神々が、シェイクスピアの恋人たちの声とともに姿をあらわす・・・夢が私たちに相応しいときは、夢に身を委ねることを知る必要がある。人びとがここへ探しにくるものより、もっと内面の奥にある歌。その最初の和音を、私はすでにイタリアの夜の底に感じていた。明日、明日にさえなれば、朝には野が丸く円を描くことだろう。だが今宵は、私はここで、神々のなかの神であり、「恋に運ばれる足どりで」逃れ行くジェシカの前で、自分の声をロレンツォの声と混じり合わせる。だがジェシカは口実でしかない。この恋の躍動は彼女を超える。そう、私が思うに、ロレンツォは、愛すことを許されるのに感謝するほどには、彼女を愛していない。でもなぜ今宵はヴェニスの恋人たちを思い、ヴェローナを忘れているのだろう? それは、ここでは不幸な恋人たちを慈しむように促すものが、何もないからだ。恋のために死ぬほど虚しいことはない。必要なのは生きること。生けるロレンツォは、たとい薔薇に囲まれていようと、地下に埋葬されたロメオよりもずっとましだ。だとすれば、生きているこの愛の祭りで踊らずにいられようか ―― 私はその日の午後、いつだって訪ねられるピアッツア・デル・ドゥオの丈の低い草の上で眠って過ごした。水は少し温いが、絶えず流れている街の泉で喉を潤し、鼻が高く、口元は高慢だが、笑っている女の顔を振り返って見る。こうした秘儀が、より高次な啓示を準備しているのを理解するだけでいい。それはディオニソスの秘儀をエレウシスにもたらす輝かしい行列だ。人間が教訓を準備するのは喜びのなかでだし、陶酔が頂点に達したとき、肉は意識を持ち、黒い血と、その象徴である聖なる神秘との交わりが成立する。この最初のイタリアの情熱のなかで汲み取られる自我の忘却こそが、私たちを希望から解放し、私たちを歴史から奪い去る教訓を準備する。美の光景を前にした肉体と瞬間との二重の真実、待ち望まれた唯一の幸福にしがみつくように、それに執着ぜずにいられよう。その幸福は私たちを恍惚とさせ、同時に滅び去らなくてはならない。(続)
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by monsieurk | 2017-08-01 22:30 | | Trackback | Comments(0)
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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