ムッシュKの日々の便り

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ご婦人の団体観光

 パリからトゥールーズへ向かう機内で、私と同年配あるいは少し年上の日本のご婦人たち20人弱のグループと乗り合わせました。聞けば「南西フランスの旅」というグループ旅行に参加したとのことで、祖母の付き添いという大学生の青年がまじっていました。ヨーロッパ各地の主だったところはすでに旅した経験があり、今回はパリのあと、トゥールーズを起点にして、中世からの城塞都市「カルカッソンヌ」、画家のトゥールーズ・ロートレックの出身地として有名な「アルビ」、避暑地「カンヌ」、そしてピレネー山脈のなかにある「アンドラ公国」などを巡る旅とのことです。
 カルカッソンヌはオード川の右岸にある中世の城塞都市シテで、街をめぐる城壁の内部に石積みの家々が立ち並んでいます。一時は荒廃しましたが、作家のプロスペール・メリメの提唱で、19世紀になって建築家ヴィオレ・ル・デュクの指導の下で大々的に修復されて、昔日の輝きを取り戻しました。いまでは南仏一、ニの観光地で、夏のヴァカンス・シーズンには「光と音」というイヴェントが催されます。城壁内の広場では中世の騎士に扮した地元の人たちが合戦を再現し、中世の吟遊詩人の歌や踊りも披露されて人気を呼んでいます。私が最初に取材で訪れた1970年代は、ホテルやレストランもそれほど多くはなかったのですが、いまでは城内に五つ星のホテルや高級レストランもつくられ、件のご婦人もカルカッソンヌに宿泊して、夜のイヴェントを楽しみにしているということでした。
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                                     by Jean-Pol GRANDMONT



 彼女たちのもう一つの目的地である「アンドラ公国」は、ヴァチカン市国と並んで世界でも小さな国の一つです。歴史をさかのぼれば、8世紀にシャルルマーニュがピレネー山中においたスペイン辺境領のひとつでした。そののちウルヘル伯から宗主権を得たウルヘル司教から条件付きで領主とされたフォワ伯爵家との間で争いが起き、1278年になって、両者を対等の共同統治者とする契約が結ばれました。それ以後、フランス王とウルヘル司教のあいだで権利が引き継がれ、今日ではフランス大統領とスペインのウルヘル司教を国家元首とする国家となっています。
 首都のフランス側からはフォワという比較的大きな街を通って行くのですが、途中には温泉が湧くところもあって、野外で足湯を楽しむことができます。さらにその先には、オオカミを放し飼いにしている動物園があります。ピレネー山中には日本では絶滅したオオカミがまだ生息しています。
 曲がりくねった国道をさらに登って行くと、緑豊かな山腹に忽然として首都のアンドラ・ラ・ベリャの街が出現します。街の中心部にはさまざまなブティックが軒をつらねています。ここも観光客が車で大勢訪れますが、その目的は買い物です。それというのもアンドラでは税金がなく、貴金属にはじまり、香水、衣服、ゴルフ道具、カメラ、自動車、ガソリンなどすべてがフランスやスペインにくらべて安いために、休日ともなればフランス、スペイン両国はもとより、遠くイギリスなどからも買い物目的のツアー客が押し寄せます。このほかに冬になれば周囲の山々はスキー場となり、これも人気です。二十人近い日本のご婦人方は、さて何の買い物をされるのでしょうか。私がしたアドヴァイスは、アンドラから二通の絵葉書を日本宛に出してみることでした。アンドラではスペインとフランスの郵便ポストがあり、それぞれの国旗の色に塗られています。二通の葉書を二つのポストに投函して、どちらの国の郵政公社を経由したものが先に届くか。さてどちらでしょうか。
 機内では隣に座ったトールーズ在住のフランス人男性とも話が弾んだのですが、これについては次回に。
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by monsieurk | 2011-06-30 03:00 | フランス(旅行)
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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