ムッシュKの日々の便り

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トゥ-ル・ド・フランス

 フランスのテレビは、自転車のプロ・ロードレース「トゥール・ド・フランス」の様子を連日生中継しています。パリ駐在特派員だった当時、このレースの放送権をNHKが持っていて、フランスのテレビ局の映像に加えて独自取材も行いましたから、ひときわ関心があります。
 平均時速40キロで走り抜ける選手たちを、ヘリコプター、オートバイ、自動車から、何台ものカメラで映して中継するのは大変でした。1985年から91年まではNHKのBSで放送し、その後はフジテレビが放送権を獲得し、いまは日本ではJSPORTSで生中継されているはずです。
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 7月15日のレースは第13ステージ、ピレネーの山岳地帯を走る2日目でした。コースは標高201メートルのポーの街をスタートして、標高380メートルの巡礼地として有名なルルドまでの全長152.5キロ。スタートとゴールの標高差はわずかに180メートルですが、途中小さなアップ・ダウンのあと、110キロ地点に高さ1709メートルのオービスク峠の頂上が待ち受けています。選手たちは82.5キロ地点にあるビエール(436メートル)から山を登りはじめて、27.5キロの間に1273メートル登らなくてはなりません。そのあとはゴールのルルドを目指して一気に下って行きます。
 レースで最初にスパートしたのは、フランスの若手ジェレミー・ロワでした。彼は50キロ地点で果敢に飛び出すと、それを9人の選手が追いかける展開になりました。ロワはオービック峠の上り口ビエールを単独で登りはじめ、山頂を見事にトップで通過しました。彼を追っていたのがノルウェーのフースホフトです。フースホフトは小さい時から自転車とスキーをやっていて下りが得意です。下りにかかるまで2分以内ならばトップに立つ自信があったそうです。実際、坂を猛烈なスピードで下る姿は、背を低く丸めてまるでスキーの滑降選手さながらでした。
 レースはフースホフトの計算通り、ルルドの街のゴールまであと2.5キロの地点で、ロワに追いつくとそのままゴールに飛び込み、ロワは最後にあとから来たモンクティエにも抜かれて3位に終わりました。
 トゥール・ド・フランスが人びとを熱狂させるのは、選手たちの強靭な体力や必死さとともに、彼らが走り抜けるフランスや周辺の国々の美しい風景を堪能できるからです。オービック峠にいたるまでの緑したたるピレネーの美しさ、ところどころに点在する村々、整備された道を蛇のように一列になって走る自転車の一団。昨日も多くの人たちがその姿を見るために、レースが行われる沿道に詰めかけていました。
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 ステージ数は21と決められていて、これからは比較的平坦なコースを走った後、アルプスの山岳コースが待ち受けています。最後はパリのシャンゼリゼ大通りのゴールに飛び込むことになります。
 いま総合タイムで一位はトマ・ヴォクレールで、一位の栄誉であるマイヨ・ジョーヌ(黄色のシャツ)は彼が着ています。私たちが中継をしていたころは、「ブルターニュの穴熊」というあだ名のあったベルナール・イノーが1978年から5回総合優勝してマイヨ・ジョーヌを着ました。彼は文字通りの英雄でした。その後、アメリカ人のランス・アームストロングが1999年から2005年まで7連覇という偉業をなし遂げましたが、フランス人にとってトゥール・ド・フランスの英雄といえばいまもイノーです。ちなみに優勝賞金は5200万円ほどです。
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by monsieurk | 2011-07-16 18:40 | フランス(生活)
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