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ムッシュKの日々の便り

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一つの提案

 朝日新聞は朝刊に連載している「プロメテウスの罠」で、昨年3月11日に起きた福島原子力発電所の大事故と、それへの政府の対応を検証しているが、今年1月3日の欄では、事故直後から在日米軍に、SPEEDIの観測データが伝えられていたという事実を明らかにした。
 記事によると、事故から4日目の昨年3月 14日の朝、東京の横田基地の在日アメリカ軍司令部から外務省に電話があり、「震災支援をするために放射能関連の情報が必要なので、政府が何か情報を持っているなら教えてほしい」と要請があった。外務省の事務官は関係官庁と連絡を取るうちに、文部科学省の防災環境対策室にSPEEDIの情報があることを知り、それを送ってもらい、上司の許可を得て情報をメールでそのまま在日米軍の司令部に転送したという。
 SPEEDIは、原発事故が起きたときに、周辺住民の避難指示に役立てるための「緊急時迅速放射能影響予測システム」で、風向きなどによって放射性物質の強さと流れる方向などを予測するもので、文部科学省が所管している。昨年暮れに発表された事故調査・検証委員会の中間報告では、折角の予測結果が付近住民の避難に役立てられなかったと厳しく批判されている。
 あとから見ると、SPEEDIはほぼ正確な予測を出していたが、昨年3月14日の段階では、当時の菅首相をはじめ政府の中枢はその存在すら知らなかった。そしてSPEEDI情報を官邸に伝えるべき官僚がそれをせず、一方で在日米軍へはデータが7月まで毎日順調に流されていたのである。
 事故直後、アメリカ政府は東京にいた9万人のアメリカ人の避難を検討し、震災支援のため福島沖にいた空母を一時原発から80キロ遠ざける措置をとった。在日米軍は飛行機を飛ばすなどして独自に放出された放射能の調査を行い、さらにSPEEDIの情報を参考にしたと考えれば納得がいく。
 その一方で、原発周辺住民は情報がないまま、放射性物質が飛散した方向に避難した人たちもいた。政府がSPEEDIの情報を公表しなかったために、そうした結果を招いたことは、他のさまざまな対応のあり方とともに事故調査委員会の中間報告が厳しく批判しているが、もう一つ検証すべき問題があると思う。
 それは新聞やテレビ、ラジオといったマスメデイアが、SPEEDIの予測が米軍には事故直後から伝えられていた事実を、なぜ、あの時点で取材し伝えられなかったのか。SPEEDIの予測はこのほかにも、気象庁からIAEA・国際原子力機関にも伝えられていた。
 海外のメディア、たとえばドイツの新聞は3月14日の段階で、どこが危険かという情報を伝えていた事実がある。私も福島原発の事故直後は、フランスに住む娘や親戚からの情報、あるいは欧米の新聞の電子版から得た情報の方が多かった。海外のメディアにアクセスできた人と、もっぱら国内のメディアから情報を得ていた人たちとの間に情報格差が生じていたのである。
 そこで一つ提案があるのだが、事故調査委員会の調査と同じように、マスメディア――新聞、テレビ、ラジオが、3月11日の原発事故以後、何を取材し、何を伝え、何を伝えなかったのか、それはなぜ伝えられなかったのかを徹底的に検証することである。
 マスメディアが取材した専門家にも、あきらかに偏りがあり、「原子力ムラ」に属する科学者、技術者、評論家が多くブラウン管や紙面に登場して、事故後も安全を強調した。特定の人脈を頼って、中立的であるべき視座を保てなかったのは事実である。
 さらにメディアはこの事故の構図が、日米関係の構図そのものである点をいまだにきちんと指摘できていない。事故を起こしたマークIと呼ばれるGE製の原子炉は、導入当時に日本側の設計変更が一切許されなかった。地震や津波への対策が不足していることを指摘して、電源の設置場所を変更するように要望した学者もいたが、ハリケーンの龍来を念頭に設計された原子炉では電源が低い位置に置くように設計されていた。アメリカ側は設計書通りにつくることしか認めず、その意味では今回の事態は起こるべくして起こったともいえる。決して対等な関係で交渉した末に導入したとはいえない原発の姿を、マスメディアはどこまで報道しえたのか。
 事故から10カ月が経って、当時は分からなかった事実が次第に明らかになりつつある。そうした事実と比べて、マスメディアの情報伝達のあり方がどうだったのかを、歴史的視点を含めて調査・検証することが必要である。
 原発事故の収束には、政府の見通しでも今後40年はかかる。その間、私たちはこの深刻な事態と向き合っていかなくてはならない。そのときマスメディアが何を取材し、それを伝えるか、伝えないか、あるいは伝えられないか、その責任は大きい。
 今回の原発事故は、その深刻さを考えれば、一つのマスコミが自己検証するだけではなく、マスコミ全体が情報の問題を専門にしているアカデミズムの世界の人たちとも協力して、組織を立ち上げてはどうだろうか。新聞や雑誌は報道した内容が活字として残されているが、テレビやラジオが伝えた内容を正確に検証するには、各放送局の協力が不可欠である、ぜひ検討してほしいと思う。
by monsieurk | 2012-01-15 14:29 | メディア
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