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画家ヴュイヤール XI 「煙草を吸う男」

d0238372_1255412.jpgd0238372_12543880.jpg マラルメの構成意識を長々と論じたのは、同じ傾向がヴュイヤールの作品にも認められるからである。強い、明確な線で画面を分割し、それぞれの面を純粋な色で塗りつぶすことで得られる構成的な絵を、ヴュイヤールは一時期描き続けた。しかもヴュイヤールの場合は、純粋な色調とはっきりしたコントラストに対する嗜好が強い分だけ、マラルメに比べて、アラベスクな傾向はそれほど目立たないが、逆に構成への意欲は明らかに見てとれる。この特徴をよく示しているのが、《ランプの下の二人の女》や《食事》である。
 1889年の日付のある作品に、煙草をくゆらす男を描いた小品がある。絵を見せられないのが残念だが、画面全体は霞んだようにぼんやりとした雰囲気のなかにあって、顔の輪郭もぼやけ、眼も霞がかかったように視線の方向も定かではない。ただ一つ私たちの注意を引くのは、赤い小さな点。煙草を吸う男の唇の上で、いままさに燃え尽きようとしている火である。消えかけた煙草の火が、男の鼻孔や顎をぼんやりと照らしだしている。灰色の背景と、顔のくすんだバラ色のなかで、この赤い点は鋭いコントラストをなしている。
 この絵から私たちは、直ちに1895年に発表されたマラルメの一篇の詩を思い出す。「魂はすべて要約されて」ではじまるソネである。
 これらは1895年8月3日付の新聞「フィガロ」の文芸付録に発表されたが、その後マラルメの生前はどの版にも採録されなかった。おそらく即興的な調子が気に入らなかったためであろう。「フィガロ」紙は、オーギュスタン・ド・クローズが「自由詩と詩人」というアンケートを行い、マラルメも回答を寄せて、その中に掲載されたものである。
 マラルメはアンケートに答えて、「私にとって、古典的な詩句――私はそれを公式の詩句と呼ぼう――は、「フランスの詩」というこの聖堂の巨大な本陣です。一方、自由詩は魅力と神秘とまれな豊饒さをそなえた側室をなしています」と、両者を共に弁護している。ド・クローズはマラルメのこうした主張を紹介したあとに、「そしてこれは詩人がアンケートのために、われわれの注文を入れて、遊び半分に、書き送ってくれたものだ」と紹介しつつ、以下のソネを掲載した。

  Toute l’âme résumée
  Quand lente nous l’expirons
  Dans plusieurs ronds de fumée
  Aboli en autres ronds

  Atteste quelque cigare
  Brûlant savamment pour peu
  Que la cendre se sépare
  De son clair baiser de feu

  Ainsi le chœur des romances
  A la lèvre vole-t-il
  Exclus-en si tu commences
  Le réel parce que vil

  Le sens trop précis rature
  Ta vague littéraure

  魂のすべてを凝縮して
  それをゆっくりと私たちが吐き出すとき
  煙のいくつもの輪が
  次の輪のなかに消えていき

  それが証明するのは 葉巻が
  巧妙に燃えながら わずかでも
  灰が落ちてくれればいいということだ
  その明快な火の接吻から

  かくしてロマンスの合唱が
  唇から飛び出るが
  もしお前がはじめるなら
  安直だから現実を排除することだ
  
  意味があまりに明確すぎては
  お前の朦朧とした文学を帳消しにしてしまう

 一つの句読点もない4節14行の詩は、喫煙の描写に託した一種の詩論である。葉巻をくわえて煙をゆっくりと吐きだすとき、煙は輪となって次々に立ちのぼる。その煙の輪も次第に崩れてやがては消えてしまう。だがその煙の輪には詩人の魂はすべて凝縮されているのだ。
 火が消えたように見える葉巻でも、燃え残りの灰を落としてみれば、そこにはたしかに「明快な火の接吻」が燃え続けている。詩人の魂はちゃんと燃焼し続けているのである。
 これと同じように、唇の上に歌が浮かんだときは、まず生な現実を排除すること。なぜならあまりに明確すぎる意味内容は、曖昧模糊とした神秘的な文学を帳消しにしてしまうからというのである。
 現実の忠実な描写ほど、マラルメの目指す詩とかけ離れたものはない。煙草の煙に象徴されるものこそ、詩の目指すものである。それゆえよい詩を書くためには、煙草の吸い方のように、ゆっくりと、上手に煙をただよわせる術を会得しなければならない。
 詩にうたわれている主題とその情景が、前に触れたヴュイヤールの小品といかに似ているか。詩も絵も、ぼんやりとした背景を前に、煙草を燻らせている一人の男のシルエットが浮かび上がる。吐き出される煙草の煙は、消えつつある先の輪を追うように次々と輪をつくる。こうした情景になかで、灰を落とした葉巻の先で赤く燃えている「火の明快な接吻」だけが、読者の感覚に強く訴えかけてくる。
 ただ、マラルメの詩にしてもヴュイヤールの絵にしても、これほど構図が単純化されている例は珍しい。それだけにこの小品では、ヴュイヤールがどこに心を砕いたかがよくわかる。画家の関心は画面全体をおおう色面の相互関係、この小品についていえば、ニュアンスに富む灰色が全体の基調となるなかで、一点の赤が強い効果を生んでいる。こうした色面構成が、この時期のヴュイヤールの最大の関心事であった。
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by monsieurk | 2012-06-14 13:10 | 美術
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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