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ジャン=リュック・ナンシーを考える(1)

 澤田直氏の近著、『ジャン=リュック・ナンシー 分有のためのエチュード』(白水社、2013年2月)は刺激的な本である。氏の最近の仕事振りは、『〈呼びかけ〉の経験 サルトルのモラル論』をはじめ、そのジャン=ポール・サルトルの『言葉』や『自由への道』(共訳)、ポルトガルの詩人・作家フェルナンド・ペルソナの翻訳など、目を見張るものがある。
 澤田氏の専門はフランス現代思想で、いま最も注目されるフランスの思想家J.=R・ナンシーを論じた本書は、多岐にわたる彼の思想の核心をときほぐしてくれる。
 ジャン=リュック・ナンシーは1940年にボルドー近郊で生まれ、ソルボンヌに学び、1962年に哲学の学士号、翌63年には修士号を取得した。指導教官はポール・リクールだった。1964年には哲学の教授資格を得て、ストラスブール大学で長く哲学を講じてきた。
 澤田氏はナンシーの代表的な著書『自由の経験』を翻訳したあと、出版社から本書の執筆を依頼されという。それから刊行までに長い時間がかかった理由を、ナンシーの難解な哲学に取り組んでいる間に、本人の思想が格段の飛躍をとげ、領域を広げ、一年に数冊の割合で著作が刊行されて、最初の構成案は古びてしまうという事情があったと、「あとがき」で述べている。たしかにナンシーの著書は多く、本書の主要著作一覧にあげられているだけで、“Le Title de la lettre”(『文字のタイトル』、1972、未訳)から、昨2012年刊行の“L’Ēquivalence des catastrophes. Après Fukusima”(『破局の等価性』、「フクシマの後で」所収)まで52冊、そのうち26冊が日本語で読むことができる。
 「哲学の現代を読む」というシリーズの一冊である本書は、「ナンシーの思想を、言葉の広い意味で翻訳すること、つまり、横断的に別の場所へと導くこと、そして解釈することを通して、読者をナンシー思想のうちに招じ入れることを目指している」と述べている。具体的には、どのようなスタイルでそれは行われるのか。「プレリュード」で取り上げられる、『侵入者(L’Intrus)』(2000年)の場合を見てみよう。
 ナンシーの論考のあり様をよく示すこの小論は、チュニジアの詩人アブデルワブ・メッデーブの求めに応じて、1999年秋の雑誌「デダール(Dédale・迷宮)」の、「異邦人の訪れ」という特集号に掲載されたものである。この特集号は副題にあるように、移民問題や外国人排斥の風潮を論じる目的で編まれたものだったが、ナンシーは自らの、ある特別な体験を通して、移民や外国人問題という社会が直面する現象をこえた普遍的問題を俎上にのせたのである。「侵入者」というタイトルがその狙いを端的に示していた。
 澤田氏はその主題を、「他者とは誰か」あるいはその裏返しである「私とは誰か」という問いであるといい、冒頭近くのナンシーの文章を引用する。
 《外国人=よそ者(étranger)のうちには侵入者(intrus)がいるはずだ、そうでなければ、彼の外国人性=異質性(étrangeté)はなくなってしまう。彼がすでに入国権や滞在権を得ていたり、彼を待ち迎える人がいて、彼があますことなく待たれ迎え入れられるなら、彼はもはや侵入者ではなくなるが、同時にまた、外国人=よそ者でもなくなってしまう。つまり、外国人=よそ者の到来から侵入という性格を排除しようとするのは論理的に受け入れがたいし、倫理的にも認めえない。》
 ナンシーの指摘は、一見すると、「外国人=よそ者」排斥を取り上げて、それを肯定しているように見えるが、決してそうではない。
 澤田氏によれば、ここには「私たちが日常様々な機会に出会う外国人のみならず、他者一般との関係の本質が要約されている」という。「外国人=よそ者を無化しようというあらゆる試みが無駄であるのみならず、有害でもあるのは、他者の他性を否認したり、排除したりすることは問題の解決でなく、回避にすぎないからだ。他者を他者として認めること、言葉で言うのは容易いが、私たちはそれをできずにいる。」なぜなら、「外国人=よそ者は多かれ少なかれ得体の知れないもの、無気味なものとして、強烈な〈よそよそしさétrangeté〉を帯びて私たちの前に現れる」からである。そしてナンシーは、この〈よそよそしさ・異質性〉こそが、「他者とは誰か」、「私とは誰か」を考える鍵語なのだという。そして、彼がこの〈よそよそしさ〉について考えるきっかけとなったのが、じつは1991年に受けた心臓移植手術であった。(続)
by monsieurk | 2013-02-11 22:30 |
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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