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天井桟敷の人びと(1)

 脚本ジャック・プレヴェール、監督マルセル・カルネのコンビで製作された映画『天井桟敷の人びと(Les Enfants du Paradis)』は映画史上最高の傑作の一つに数えられている。映画の製作は、フランスがドイツ占領下の1943年に開始され、フランスが解放された後の1945年3月14日に公開された。この映画については、『思い出しておくれ、楽しかった日々を 評伝ジャック・プレヴェール』(左右社、2011年)で詳しく論じた。
d0238372_20323728.jpg ところで、詩人のプレヴェール(写真)がシナリオを書いた映画の資料が、昨年2012年10月24日から今年1月27日まで、パリの「シネマテーク―映画博物館(La Cinémathèque française ―Musée du Cinéma)」で開かれた展覧会で公開され、注目された。資料は映画会社パテ(Pathé)所有するプレヴェールの原稿、装置を担当したアレクサンドル・トローネのデッサン、映画撮影時の写真、映画本編のスチル写真などで、展覧会と同時に大型本『Les Enfants du Paradis』(La Cinémathèque française、Fondation Jérôme Seydoux-Pathé、Ēditions Xavier Barrel、2013)が刊行され、映画の製作の全貌を知ることができるようになった。
 ブログではしばらくの間、この貴重な公開資料を中心に映画『天井桟敷の人びと』製作の舞台裏を改めてたどってみたい。
 
d0238372_20324296.jpg ドイツ軍に占領されたフランスは、ドイツの軍政が直接支配する北の部分(地図の色のついた地域)と、ナチス・ドイツのコントロールの下で、ヴィシー政権が治める南の地域(白い部分)に二分された。
 ナチス政権は誕生したときから、宣伝手段としての映画を重視していた。映画好きのヒトラーとともに映画の力を熟知する宣伝相ゲベルスは、占領下のフランスの映画製作にも細心の注意をはらった。北の地域では、占領軍当局はパリ陸軍司令部のもとに「フランス宣伝局」を設けて、すべてを検閲する体制をつくりあげていた。この機関は本国の「ドイツ国宣伝省」と密接な関係にあり、「フランス宣伝局」には、新聞班(この下に用紙割り当ての監督班があった)、ラジオ班、映画班、音楽班、「宣伝活動」班、官公班、文芸(あるいは著作物)班があって、検閲と逆宣伝(反ドイツ的な影響の全面的排除)、情報収集の三つの役割を担っていた。
 南のヴィシー地域では、占領が開始されると間もなく、ピエール・ラヴァル政府のもとに映画製作を統括する部門が設けられた。一方、製作者の側は「映画産業組織委員会」をつくって、俳優の登録、スタジオの割り当てなど映画製作の万般にわたる活動を規制した。委員会の長には、かつてドイツの映画製作会社UFAの協力者だったラウル・プロカンが就任した。ドイツ側はこうした体制の下に、南地域の映画活動を統制しようとしたのである。
 ジャック・プレヴェールとマルセル・カルネは、占領以前からコンビを組んで映画を製作してきたが、占領下でまず製作しようとしたのが、『悪魔が夜来る』(フランス語のタイトルは「夜の訪問者たち」)である。
 彼らは占領下の厳しい条件の下では、現実をテーマとするのではなく、歴史に題材を取ることで意見が一致した。カルネにはもともと中世への偏愛があり、プレヴェールは純粋な愛と偽りの愛との葛藤といったテーマを考えていた。それを表現するには中世という時代は恰好の舞台だった。『トリスタンとイゾルデ』が示すように、中世の人たちが信じていた悪魔や使者は、本能や暗い欲望といった人間を突き動かす抽象的な力を体現した存在だった。プレヴェールも映画の時代を中世に移すことで、愛をめぐる葛藤の物語を容易に展開できると考えたのである。さらに歴史物ならば占領軍の検閲を通りやすいという計算もあった。
 出演者は、アルレッティ、ジュール・ベリィ、マルセル・エルラン、フェルナ・ルドゥなど、彼らの映画の常連を起用することで二人の意見は一致した。装置と衣装デザインにはアレクサンドル・トローネ、音楽はジョゼフ・コスマに加わってもらうことにも異論はなかった。ただこの二人はユダヤ人であり、偽名をつかうなど細心の注意が必要だった。
 プレヴェールが執筆した『悪魔が夜来る』は中世の説話に題材を取ったもので、あら筋は次のようなものである。
 ユグー男爵の城へ乗り込んできた二人の吟遊詩人がいる。二人はじつは悪魔の使者で、婚約がととのった城主の娘アンヌと騎士ルノーの仲をさいて、人間たちを混乱に陥れるのが使命だった。
 使者の一人のジルは、まずその美しい歌でアンヌの心を奪い、もう一人の使者ドミニクは男装をしていたが、正体は女性で、こちらは婚約者のルノーを夢中にさせる。さらに彼女は城主のユグー男爵を誘惑して、彼の安穏だったやもめ暮らしをかき乱し、城主と婚約者ルノーの間を険悪なものとすることに成功する。
 狩を行うことになったある日、ジルは林のなかの小さな泉のかたわらで、アンヌと恋を語らっているうちに、悪魔の命令を忘れてアンヌを本当に愛してしまう。これを知った悪魔は怒り、自分が騎士に姿を変えて城に乗り込んでくる。彼は一同の面前でジルの行いを暴き、地下の犬小屋に監禁させてしまった。ところがあろうことか、今度は悪魔自身がアンヌの清純さの虜になってしまったのである。
 使者のドミニクは、ルノーとユグー男爵を言葉巧みにけしかけて、二人を野試合で決闘させることに成功した。決闘で死んだのはルノーだった。悪魔の執心にもかかわらず、アンヌがジルを思う心は変わらず、それを公言したために彼女も監禁されてしまう。悪魔は自分になびけばジルを自由の身にしてやると、彼女にいい寄る。
 ジルを助けたいアンヌは、悪魔の言葉に乗ったふりをしてジルを自由にさせた上に、悪魔の申し出を拒絶する。悪魔は怒るが、惚れた弱味で、もう一度泉のほとりでジルに会いたいという彼女の願いを聞き入れる。
 こうしてジルとアンヌ二人は、泉のそばで抱擁する。追いかけてきた悪魔は二人を割こうとする。だが二人は承知しない。・・・シナリオの最後はこうなっている。

 「馬に乗って追いかけてきた悪魔は抱擁している二人を見つる。
  悪魔「アンヌ・・・」
  振りむく二人。
  悪魔「・・・彼から離れるのだ・・・」
  ジル「いやだ・・・ これからは何ものも私たち別れさせられはしない。・・・」
  見つめ合う二人。
  悪魔「最後にもう一度だけ言う。彼から離れるのだ・・・(そして低い声でつぶやく)石だ、石に変えてしまう ぞ・・・」
  手を取り合い見つめあう二人。次の瞬間、そのままの姿で二人は石像に変わる。
  悪魔「ああ、私が愛すのはこの沈黙だ・・・死の沈黙・・・」
  じっと抱き合い、見つめ合う石像越しに、満足の笑みを浮かべる悪魔。だがそこにかすかな音が聞こえてくる。石像に近づき耳を傾ける悪魔。
  悪魔「これは何だ?・・・何だこの音は?・・・」
  悪魔は二人の胸に耳をつける。
  悪魔「二人の心臓の音が聞こえる・・心臓が打っている、・・・心臓が止まっていない・・・彼らの心臓が鼓動している・・・心臓が打っている・・・
  石像を見つめる悪魔。石像となった二人の顔のクローズ・アップ。カメラがズーム・バックすると、泉と十字架の小塔のかたわらに立つ、抱きあい、じっと見つめ合う二人の石像。そこにFinのエンド・マークがかぶさる。」(Marcel Carné:Les visiteurs du soir, pp.202-207, Bibliothèque des classiques du cinéma, Ballard)

 プレヴェールとカルネは、石像に変えられても心臓だけはまだ鼓動している二人の姿に、自分たちが生きている時代への思いをこめたのである。
 プレヴェールは1936年に発表した詩「銃床を空に」の、「春のかわいい娘」をうたったくだりで、

 「左の乳房の下で娘の心臓が脈打っていた
  みんがその鼓動を聞いていた
  革命の心臓
  この心臓、何ものもそれが打つのを妨げることはできない」(Jacques Prévert:Œuvres complètesⅠp.96)

と書いていた。さらにこの映画のシナリオにかかる前につくった「鳥刺しの唄」でも、

 
 「とても悲しげに羽ばたくきみの心
  とても固くてとても白いきみの乳房にぶつかって」(ibid. p.105)

とうたっている。石像に変えられても脈打つことをやめない心臓は、プレヴェールにとって生命力の象徴であり、抵抗の徴だったが、はたして観客に意図が伝わるかどうかは、映画を撮ってみなければ分からなかった。
 映画の準備は一九四二年に開始され、カルネはそのためにパリと南仏を幾度も往復しなければならなかった。俳優たちの多くはパリにいたから、時代劇のためにすべて新調した衣装合わせはパリで行われた。一方で主な舞台となる城のセットは、プロデューサーのポールヴェが共同所有者であるニースの「ラ・ヴィクトリーヌ撮影所」に組み立てられた。それでも幾つかのセットは、パリに近いサン=モーリスのスタジオにつくられ、野外ロケの候補地選びも行わなければならなかった。ロケハンの結果は、ニースの北にある山の中が適しているということになった。こうして『悪魔が夜来る』の撮影準備が進められた。
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by monsieurk | 2013-04-01 02:00 | 映画
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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